最上静香
昨日はゆっくりと休んで、午前は軽く体を温めて。
最上静香
そして、第三試合を観戦しようと観客席にやってきた私は、またあの人に出会うことになった。
四条貴音
「静香。こちらの席が空いておりますよ。」
最上静香
声の主は、貴音さん。
最上静香
やっぱり躊躇いがあったけど、席はステージを見渡せる絶好の位置にあったし、断る理由も無い。
最上静香
「…では、失礼しますね。」
最上静香
居心地の悪さを表情に出さないように最大限に注意しながら、私は席についた。
四条貴音
「さて、今日の試合も興味深くはありますが…。」
最上静香
貴音さんは、不意にこちらを向いて。
四条貴音
「まずは昨日の勝利、おめでとうございます。真、素敵なステージでした。」
最上静香
褒められている。そして、褒められるようになった。そう思った。
最上静香
かつて私の情けなさを指摘した貴音さんには、感謝もある反面、やましさや苦手意識もあった。
最上静香
でも、こうやって認めてもらえるということは、それを打ち消してくれるには十分で…。
最上静香
「私だけの力じゃありません。紗代子さんが居たからです。」
四条貴音
「ふふっ…。謙虚ですね。紗代子も見事でしたが、静香も今までになく素晴らしかったですよ。」
最上静香
…何だろう。褒められるのは嬉しいけど、こんなに大絶賛されると、これはこれで落ち着かない。
最上静香
とりあえず、話を逸らすことにした方が良さそうね…。
最上静香
「ところで、今日の対戦は奈緒さんと瑞希さんですが…。貴音さんは、どう見ますか?」
四条貴音
「…。」
最上静香
私が今日の試合について話題を振ると、何故か貴音さんの顔が曇ってしまった。
最上静香
…わ、私、何か悪いことでも聞いた?
四条貴音
「確実とは言えませんが、そろそろ…」
最上静香
貴音さんの声が、歓声にかき消される。どうやら、ステージ上に誰か出てきたみたい。
四条貴音
「…波乱が起きますよ。」
最上静香
その声は、ほんのかすかだけど、私の耳にはそのように聞こえたと思う。
最上静香
…ステージ上に先攻として立ったのは、6位の瑞希さんだった。
最上静香
ぺこりと一礼して流れ出したイントロは…。
最上静香
えっ…これは、何?これって、確か…。
真壁瑞希
『もっと遠く どこまで伸びる 追いかけてく 飛行機雲を まっすぐ』
最上静香
これって…『Vault That Borderline!』よね…?
最上静香
当然、瑞希さんがオリジナルで歌った曲ではないから、分類では『その他』の曲になる。
最上静香
普段のあの無表情から打って変わって、情感豊かに歌い上げる姿は魅力的だけど…。
最上静香
でも、私が桃子との対戦で『inferno』を歌った時のように、これでは勝てないわ…!
最上静香
やはりそれぞれの持ち歌ソロ曲の力は大きくて、生半可な曲では太刀打ちできない。
最上静香
私が失敗してからというもの、一回戦はソロ曲同士のぶつかり合いが定石となっていた。
最上静香
今回は私も、そして翼や紗代子さん、琴葉さんでさえも、その定石は外していない。
最上静香
それなのに、何故…?私と同じ失敗を繰り返すつもりなの?
最上静香
私の心配をよそに、観客はしっかりと瑞希さんに見入っているようだった。
最上静香
元々、実力はある人ですものね。
最上静香
『アイル』の時も、ジュリアさんと一緒に翼をしっかりと支えていたのを覚えている。
最上静香
だけど、この後奈緒さんがソロ曲を歌えば、流石に…。
真壁瑞希
『変わってくよ 大好きだといつか 手をつなぐその時は素直な想いだけ』
最上静香
色々と考えているうちに、歌が終わろうとしていた。
最上静香
観客のコールが響く中、私は隣の席の貴音さんを見て…そこで目が合った。
真壁瑞希
『今すぐ Vault That Borderline!』
最上静香
…そして、歌が終わって。拍手と歓声が響く中。
四条貴音
「…人は自分他人に関わらず、失敗から教訓を学ぶことができます。」
四条貴音
「教訓を得てなお改めないのは、愚か者のすることですが…。」
最上静香
貴音さんの声は、今度ははっきりと、そしてやけに不気味に、私の耳に響いた。
四条貴音
「わたくしには、瑞希が到底そのようには見えないのですよ。恐ろしいことに。」
(台詞数: 50)