最上静香
観客が、声を取り戻しはじめた。自分たちの役割を、思い出したかのように。
最上静香
これから、200人の観客の投票によって、勝敗が決まる。
最上静香
二人とも、素晴らしいパフォーマンスだったと思う。もし私が贔屓目なしで票を入れるとしたら…。
四条貴音
「琴葉の勝ち、ですね。」
最上静香
私の考えを読んだように、そして断定するように言った貴音さんに、私は少し反発を覚えた。
最上静香
「どうして、そんなに簡単に言えるんですか?翼だって、琴葉さんと比べても…」
四条貴音
「成程。では聞きますが、翼はどのように優れていたのですか?」
最上静香
「どのようにって、それは…歌もダンスもビジュアルも、全ての面でレベルが高くて…。」
最上静香
それと…それと?それと、何?えっ…!?
四条貴音
「その程度しか語れないほど、印象が上書きされたようですね。それでは、琴葉はどうでしたか?」
最上静香
私は、琴葉さんのステージを思い出す。
最上静香
煮えたぎるもの。激流。胸を貫く鋭さ。数々のイメージが、胸によみがえってくる。
最上静香
「…上手く言葉にできません。」
四条貴音
「片や言葉にするまでもなく、片や言葉にする術もなく。ならば、勝敗は明らかでしょう。」
四条貴音
「…ご覧なさい。それを一番よく解っている者が、そこに居りますよ。」
最上静香
貴音さんの指す方向に立つのは…翼。
最上静香
その顔は、普段の活発な雰囲気を完全に潜め、青白かった。
最上静香
いつの間にか集計の時間は過ぎたようで、正面のスクリーンに結果が映し出される。
最上静香
翼が24票。琴葉さんが107票って…翼が、たった24!?
四条貴音
「徹底的に叩き潰しましたね。もっとも、今の琴葉には手加減などできようもありませんが。」
最上静香
さっきから、この人は…。
最上静香
「…貴音さんは、何を知っているんですか?」
最上静香
私の問いに、貴音さんはこっちを真っすぐに見据えてくる。
四条貴音
「『…そして、その爪先程の差が断崖となって立ち塞がる。それが勝負事の世界です。』」
四条貴音
「かつて、わたくしがあなたに言った台詞でしたね?」
最上静香
…その通り。そして、自分の油断への戒めとして、その言葉は強く心に残っている。
四条貴音
「天才とて、人の倍の才能を持っているわけでもなく。」
四条貴音
「努力家とて、人の倍の努力ができるわけでもなく。」
四条貴音
「故に勝敗の浮沈とは、ごくわずかな要素の積み重ねであると、わたくしは説いたのですが…。」
最上静香
貴音さんは、ステージへと目を向けた。
四条貴音
「ならば、この結果はどうしたことでしょう?」
最上静香
…そこまで言われて。私は、ようやくことの異常さを理解した。
最上静香
今回、翼に油断や失策などは見当たらなかった。調子も良かったと思う。
最上静香
その翼と琴葉さんが正面からぶつかって、琴葉さんが勝つこと自体は驚くことではない。
最上静香
それこそ、実力以外にも、観客の好みのような、様々な要素に左右される部分もあると思うから。
最上静香
でも、要素だけでこんなに圧倒的な差が、二人の間でつくはずがない…!
最上静香
「琴葉さんは、いったい何を…?」
最上静香
その問いかけに、貴音さんは一瞬言葉に詰まったものの、口を開いた。
四条貴音
「…ごくまれに、いるのですよ。」
四条貴音
「人は、百のうち八十の力を出すのも容易ではなく、鍛錬とは己を百に近付けるものですが。」
四条貴音
「その百という枷を壊して、百十でも百二十でも力を出してしまう者が。」
最上静香
ごくり、と唾を飲み込む音が。それは、自分が無意識に立てた音だった。
最上静香
私たちは知っている。常に限界を追い求めているからこそ、その限界を越えるという意味を。
最上静香
「まともじゃないわ…。」
四条貴音
「ええ。まさに。」
最上静香
私のうめく声に、貴音さんは頷いて。
四条貴音
「ですが、これで琴葉がこの大会の嵐の中心となったのは、紛れもない事実。」
四条貴音
「静香も他の皆も、琴葉の激情に巻き込まれていくでしょう。それを望む望まずに関わらず…。」
最上静香
そう言って、貴音さんはふっとため息をついた。
四条貴音
「だからこそ、わたくしは申したのですよ。惜しい、と…。」
(台詞数: 50)