ReRise第10話『ワタシ』
BGM
ホントウノワタシ
脚本家
遠江守(えんしゅう)P
投稿日時
2017-04-05 22:40:08

コメントを残す
最上静香
舞台袖から、琴葉さんが進み出てくるのが目の端に映って。
最上静香
貴音さんのつぶやきの意図を問いただすことも忘れて、私は正面に向き直っていた。
最上静香
一目見てわかる。その姿、その表情、その雰囲気…。
最上静香
…私には、見覚えがあった。
最上静香
それを最初に見たのは、決勝戦に臨む桃子の…。
最上静香
観客も、そのただならない空気を感じているのか。
最上静香
ステージの中央に近づくたびに、その空気に打たれるように、客席が静まり返っていく。
最上静香
翼が沸騰させた空気は、いつしか波紋ひとつ立たない水面のようになって。
最上静香
その中央に立つ琴葉さんは、微笑みすらたたえた穏やかな顔で、口を開いた。
田中琴葉
「…聞いてください。『ホントウノワタシ』。」
最上静香
すうっとブレスが響いて、会場が静まり返った、次の瞬間。
最上静香
音が、すべてを制圧した。
田中琴葉
『「大丈夫 君は強い人だから」と いつもの笑顔の隣で 「そうね」って笑った』
最上静香
その口から紡ぎ出される歌声が、強い衝撃をもって私たちを打ちすえる。
最上静香
強く歌っているわけではない。むしろ切々と歌っている。それなのに…。
最上静香
歌声に、計り知れない深みと厚みがあって、それが圧力を生み出している!
最上静香
胸を打つとか心を打たれるとかいう言葉は知っていたけど、それはあくまで比喩だと思っていた。
最上静香
でも、今ならわかる…。
最上静香
本当に心打たれたとき、人の心は衝撃で痺れて、動きを止める。
田中琴葉
『本当は泣きたくて 誰よりも臆病で 心はこんなにも脆くて』
最上静香
感情の激流が、胸を貫いて心に流れ込んで、荒れ狂うようだった。
最上静香
怒り、悲しみ、悔しさ、やるせなさ、希望、憧れ、決意。
最上静香
メロディと歌詞の間に込められた混然としたものが、私たちを翻弄する。
田中琴葉
『駄目ね 自分が嫌で悔しくて 冷たい床の上 膝を抱いたままで』
最上静香
胸の奥の奥から絞り出されるような声。
最上静香
その感情のほとばしりを伝える、力に満ち溢れた表情。
最上静香
胸を引き裂いて、自分の心をあらわにしようとするような、激しさのこもった手の動き。
最上静香
それらのひとつひとつが、私たちの視線を捕らえて離さない。
最上静香
技術でもなく、魅せ方でもなく、立ち回りでもなく。
最上静香
琴葉さんは、感情というただそれひとつで、このステージを支配してしまっていた。
最上静香
今、私の心の冷静な部分をフル回転して、感想というものを出すのならば…。
最上静香
こんなステージは見たことがない、と。
田中琴葉
『ああ 思い願うほど 一途に追いかけるほど また逸れそうになるけど』
田中琴葉
『繰り返して 今日より明日は強くなると ずっと 信じてゆける 私だから…』
最上静香
…歌が終わった。
最上静香
……。
最上静香
終わったのに、私も含めた観客は、声も出さず、物音すら立てようとせず。
最上静香
まるで、誰もが心を失ってしまったような、そんな奇妙な時間が流れていった。
最上静香
…不意に私の隣ではじけるような音がして。
最上静香
それが呼び水となって、会場全体が大きな拍手で包まれる。
最上静香
琴葉さんは、穏やかな笑顔で、会場の声援に応えていた。
最上静香
凄い…凄すぎる!
最上静香
私も、ただただ圧倒されるばかりで、息をするのも楽じゃなかった。
最上静香
きっと、琴葉さんも血が滲むような努力をして、ここまで自分を磨き上げてきたのね…!
最上静香
共感を求めようと、横にいる貴音さんへ振り向いたとき。
四条貴音
「……。」
最上静香
そこに見たのは、今までに見たことのないような、貴音さんの顔。
最上静香
人形のような顔を無表情に保ちながらも、その目には隠しきれない厳しさを映した…。
最上静香
そんな、表情だった。

(台詞数: 49)