横山奈緒
溶けた鉛を流し込んだ様に轟々と蠢く灰色の空と、
横山奈緒
そこから音もなくひらひらと舞い降りる雪と、
横山奈緒
生コンクリートをミキサーで掻き回した様に、重く荒れる海。
横山奈緒
それが小さな船窓から見える世界の、全てだった。
福田のり子
「きゅーじゅーはーち、きゅーじゅーきゅー、ひゃーく、ひゃくいちー、ひゃくにー、ひゃ」
横山奈緒
「……………。」
横山奈緒
「えーと、福田のり子さーん?」
福田のり子
「ひゃくじゅうはーち、ひゃくじゅ、何?呼んだ?」
横山奈緒
「いや、さっきから何しとるのかと。」
福田のり子
「ごひゃくよんじゅうろくー、え、スクワット知らない?」
横山奈緒
「せやから何で今それをやるのかとあと回数ごまかすな。」
福田のり子
「やーだって暇だし寒いし暇だしさー。腹筋にしとく?じゃあ足首持ってよ。」
横山奈緒
完全な言い掛りの容疑で逮捕されたのが、四日前。留置所にぶち込まれるのかと思いきや
横山奈緒
連行された先は何故か、航空母艦の船室。
横山奈緒
で、そこに居た先客が彼女、福田のり子。
横山奈緒
私同様、強引に連行されて来たという。
横山奈緒
状況も分からぬまま、艦は出航し、今日が航海三日目。
福田のり子
「ごじゅうろくー、ごじゅうななー、ところでさー」
横山奈緒
「何や、今度は腹に重りでも落として欲しいんか。」
福田のり子
「何処に向かってるんだろーね………。」
横山奈緒
「…………………。」
福田のり子
「……………………。」
四条貴音
【ガチャリ】「御心配無く、此処が目的地ですよ。」
福田のり子
「うわ!ビックリした!!」
横山奈緒
「………やっぱりアンタが絡んでたんか。」
四条貴音
「久方振りですね、横山奈緒。そして初めまして、福田のり子。」
福田のり子
「えーと、どちら様?」
四条貴音
「これは御無礼を。先ず名乗るのが先ですね。私は四条貴音と申します。」
福田のり子
「四条さん?えーと、どこかで聞いた様な……」
四条貴音
「貴方と同じ会社の同じ部署、謂わば同僚ですよ。」
福田のり子
「同僚って………あーーーー!思い出した!!」
福田のり子
「≪塔≫の建設部門最高責任者!ニムロッド・ホールディングス専務取締役!!」
福田のり子
「で、その四条さんが、どうしてここに?」
横山奈緒
「……私らが連行された容疑、何やったっけ?」
福田のり子
「え?≪塔≫消失の重要参考人っていうあれ?本当に訳わかんないんだケド。」
四条貴音
「貴方方をお連れした者達は、『消失』などと申しでいたのですか?」
四条貴音
「世の摂理に於いて『消失』という事象は有り得ぬと知らないとは」
四条貴音
「とんだ無知者を遣わしてしまいました。御無礼を。」
福田のり子
「エネルギー量保存の法則って事?」
四条貴音
「いえ、その様な話ではありません。」
横山奈緒
「……………≪塔≫は在る、ちう事か?」
四条貴音
「左様です。ほら、見えて来ましたよ?」
福田のり子
「!!!」
横山奈緒
彼女の指差す船窓の外、
横山奈緒
瓦斯の向こうの遥か彼方、
横山奈緒
うっすらと見える、鉛の雲へと延びる、蜘蛛の糸。
横山奈緒
アリューシャン列島沖150海里沖、決して人の辿り得ぬ最果ての海に
横山奈緒
≪塔≫は、静かに、立っていた。
(台詞数: 48)