艶紅
BGM
KisS
脚本家
遠江守(えんしゅう)P
投稿日時
2017-02-11 12:58:08

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エミリー
化粧品を買い求めに行く、と。
エミリー
ふと貴音さまが洩らしたのを聞いて、私は是非にと頼んで、同行させていただくことになりました。
エミリー
雪花石膏のような肌。血の色を薄く通わせた頬や唇は、ほんのりと薔薇色。
エミリー
貴音さまは、お化粧などはなくとも、大変にお美しい方であると、私の目に映ります。
エミリー
きっと、このお方が使うようなものであれば、それは格別のものであるに違いない、と。
エミリー
好奇心に任せた、とても不躾なお願いでしたが、貴音さまは快く受け入れてくださいました。
エミリー
辿り着いたのは、年経ているものの、かつては立派な大店であったと思しき商店。
四条貴音
「御無沙汰しております、御主人。紅を貰い受けに参りました。」
エミリー
…紅。やはり、口紅でしょうか?
エミリー
ほどなくして、店の御主人が袱紗包みを両手に捧げ持って、店の奥から出ていらっしゃいました。
エミリー
袱紗を解けば、そこには茶碗が一口。覗き見て、貴音さまは目を細め、感嘆の声を上げます。
四条貴音
「これは、見事な紅ですね…。」
エミリー
声に釣られて覗き込んだ私は、はて、と首を傾げました。
エミリー
茶碗の中には、想像していた赤や朱ではなく、緑色のものが薄く張られているだけでしたから。
四条貴音
「覚えておくと良いでしょう。これが、上等の本紅です。」
四条貴音
「純粋な赤故に赤の光を吸収し、反対色の緑に。光沢もあって、玉虫色に見えるのですよ。」
四条貴音
「京紅、小町紅とも言いますが。私は、艶紅(ひかりべに)の名で呼んでいます。」
エミリー
…たしかに、その艶のある光沢は、ひかりと名付けるに相応しいように思えます。
エミリー
それでも、貴音さまの言っていることは理解できるのですが、にわかには信じがたくて。
四条貴音
「御主人。紅を試してみたく思います。幾つか道具を拝借できますか?」
エミリー
そんな私を慮ってくださったのか、貴音さまはそのように、御主人にお願いしてくださいました。
エミリー
手鏡や水を張った小鉢などが用意されると、私はとある事に気が付きます。
エミリー
…これはどのように塗るものなのでしょう?筆のような、それらしい道具も見当たりませんが。
四条貴音
「使うのは、これ、ですよ。」
エミリー
貴音さまは、その手の薬指を軽く内側に曲げるようにして、水と紅を付け。
四条貴音
「薬指、と呼ぶのが普通でしょう。子供ならば、お姉さん指とも言いますか。」
四条貴音
「ですが、このように呼ぶこともあるのですよ。」
四条貴音
「…紅差し指。」
エミリー
貴音さまがすっと唇を、その紅差し指でなぞると、私ははしたなくも声を上げそうになりました。
エミリー
先程まで玉虫色であったはずのその紅が、今や鮮やかなくれないに唇を染めていて。
エミリー
まるで、そこにぱっと花が咲いたような錯覚すら覚える、艶やかで深みのある赤でした。
エミリー
…でも、それ以上に。貴音さまのその姿があまりに、その…凄艶で。
エミリー
ただそれだけの仕草に、計り知れない色気を感じて、胸の高まりが止まりません。
エミリー
…そんな私の心など知らず、貴音さまは手を止めずに、紅を唇に重ねて行きます。
エミリー
指でなぞっていく度に、くっきりと形の良い唇が、赤で形作られ。
エミリー
わずかに開いた口から、真珠のような歯がちらりと覗いているのが見えました。
エミリー
その唇には、いつしか茶碗の中のそれのように、うっすらと黄金や玉虫に輝く光沢が。
エミリー
普段の凛として、お淑やかな。私の憧れる貴音さまとは、まるで正反対なのに。
エミリー
妖しく、扇情的で、肉感的な。その姿に、私はどこまでも惹きつけられて。
エミリー
もし、その唇で愛を囁かれたら。そのくちづけを、身に受けたのならば。
エミリー
きっと私は、道理も慎みも捨てて、恋に狂ってしまうのではないかと。
エミリー
…そんな不埒な考えに、いつまでもいつまでも、翻弄されていたのでした。
エミリー
…私が我に返ったのは、貴音さまが口を拭い、それに落胆の声を出した自分に驚いて、でした。
エミリー
怪訝な顔をされた貴音さまには、何とか取り繕って、事なきを得ましたが…。
エミリー
帰り道でも、平静を装いながら、その唇にちらちらと目をやっている自分を感じています。
エミリー
清らかな貴音さまも良いけれど、あの艶やかな貴音さまも、素敵。
エミリー
そんな考えにおののきながらも、貴音さまをお慕いする心は、さらに強く。
エミリー
まさに化粧は化生であり、化性であると。そう心に刻んだのでした。

(台詞数: 48)