周防桃子
桃子たちが春香さんと別れてからずっと、貴音さんは一言もしゃべらなかった。
周防桃子
まさか、さっきの春香さんの言葉を気にしてる?
周防桃子
「あのね、貴音さん…。」
周防桃子
気にしなくていい。これは、桃子の責任でやっていることだから。それを繰り返そうとしたとき。
四条貴音
「…わたくしは、真、不実ですね。」
周防桃子
ぽつりと、貴音さんがつぶやいた。
四条貴音
「春香は正しい。勝利も敗北も、挫折さえも、己が手で掴んでこそ、価値があるのでしょう。」
四条貴音
「それでも、わたくしが導いた勝利で、桃子が格段の成長を遂げた事もまた事実。」
四条貴音
「その事実をもって、わたくしは自分にも五分の理があると、誤魔化していたに過ぎません。」
周防桃子
「…だったら、それでいいから。そんなこと、言わないでよ…。」
周防桃子
貴音さんの弱気な姿なんて見たくなかった。それなのに…。
四条貴音
「桃子も気付いている筈ですよ。わたくしの…過ちに。」
四条貴音
「先程詰め寄ってきたように、春香は、桃子の中にわたくしの姿を容易に透かし見ました。」
四条貴音
「つまり、桃子をわたくしという型に嵌めてしまったという事です。」
四条貴音
「今回こそ、意外性と桃子の技量による高い完成度で、辛うじて勝ちは拾いましたが…。」
四条貴音
「次はありません。おそらく勝ち上がってくるであろう、美希に対しては通用しないでしょう。」
周防桃子
貴音さんは、悔しそうに。
四条貴音
「もし、わたくしにプロデューサー程の力があれば…いいえ、言っても詮無き事ですね。」
周防桃子
…正直に言えば、貴音さんの言ってることは、桃子にもわかっていた。
周防桃子
でも、それを認めてしまったら、貴音さんはきっと…。
四条貴音
「勿論、このままわたくしが桃子に稽古を付けて、美希との戦いに臨む事もできます。」
四条貴音
「その場合でも、決勝の場に恥ずかしくない程度には、仕上げてみせましょう。」
四条貴音
「ですが、それでは美希相手には、万が一にも勝てません。」
四条貴音
「わたくし自身でも、相手が美希となれば勝敗は良くて五分五分。まして、その写し身では…。」
周防桃子
貴音さんの言いたいことはわかっている。勝ちたいなら、自分を切れと。そう言っている。
四条貴音
「ですから、桃子。わたくしは…」
周防桃子
「そんなの、できない!やりたくない!」
周防桃子
思わず、さけんでいた。貴音さんにどうしても行ってほしくなかったから。
周防桃子
その声が届いたのか、少しだけ、貴音さんの表情が動いて。
四条貴音
「…ああ、桃子。それ程までに、この短い間に育んだ絆を大事にしてくれているのですか…。」
四条貴音
「ですが、絆に縛られて身動きできなくなる事を、このように言います。」
四条貴音
「絆(ほだ)される、と。」
四条貴音
「絆は尊いものですが、絆されてはなりません。周防桃子、初心を思い出しなさい。」
四条貴音
「打ちのめされ、己の無力を嘆き、それでも諦めなきれなかった、かつての自分を。」
四条貴音
「このまま決勝に臨んでも、美希はわたくしを見るだけで、桃子を見る事は無いでしょう。」
四条貴音
「それを受け入れる事は、あなた自身に対する裏切りとなります。」
周防桃子
貴音さんの言葉に、ハッとした。
周防桃子
そうだ。桃子は、美希さんや千早さんのようになりたくて、あの人たちのように認められたくて…。
周防桃子
でも、ここで流されてしまっては、二人のように認められることは絶対にない。
周防桃子
そしてそれこそ、桃子と貴音さんの絆をムダにしてしまうことになる。
周防桃子
「…わかった。」
周防桃子
ついに。ついに桃子は決断した。
周防桃子
でも、最後に一つだけ、聞いておくことがある。
周防桃子
「…ねえ、貴音さんの『目的』は、かなったの?」
周防桃子
その問いに、貴音さんは少し笑って。
四条貴音
「ええ。すべて、叶いました。わたくしには、過ぎた程です。桃子には、感謝していますよ。」
周防桃子
「…そう。」
四条貴音
「はい…。それでは、わたくしはこれで。御武運を祈っておりますよ、桃子。」
周防桃子
そして、貴音さんは行ってしまった。まるで、最初からあの人がいなかったような静けさに。
周防桃子
桃子は、誰にも聞こえないように口を押えながら、ぽろぽろと涙を流していた。
(台詞数: 50)