女子、三日会わざれば⑰『王道』
BGM
MORNING_RMX
脚本家
遠江守(えんしゅう)P
投稿日時
2016-07-05 23:34:45

脚本家コメント
次回、特訓パート。

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周防桃子
貴音さんが手配した練習場に戻る、タクシーの中。
周防桃子
車がある程度走って、劇場からはなれたところで、貴音さんが口を開いた。
四条貴音
「…結局、この『らいぶばとる』とは、それぞれの個性のぶつかり合いです。」
四条貴音
「言い換えれば、他人の個性を抑え、自分の個性をより強く打ち出した者が勝つ…。」
四条貴音
「相手の印象が余韻として濃く残るうちに仕掛ければ、自分の個性が霞むのは必然です。」
周防桃子
「貴音さんが間をおいたほうがいいって言ってたのは、そのことなんだね?」
四条貴音
「はい。もっとも、琴葉はそれと知っていながら仕掛けた様子もありましたが。」
周防桃子
「…琴葉さんが、わざと負けたっていうの?」
四条貴音
「いいえ。ただ、手練手管を駆使しての惜敗より、正面から挑んでの大敗を選んだのでしょう。」
四条貴音
「そのあたりは、琴葉の心の内の問題ですが、要するに…」
周防桃子
貴音さんは、この人にしてはめずらしく、どこかあいまいな表情を浮かべて。
四条貴音
「…負け方を選ぶしかできない程に、春香との差が圧倒的だったという事ですよ。」
周防桃子
…話を聞きながら、桃子はふっと思った。
周防桃子
貴音さんがこのトーナメントで一番警戒しているのは、実は春香さんじゃないのかなって。
周防桃子
「…貴音さんは、春香さんに勝てる?」
周防桃子
桃子の探りに、貴音さんは少し笑って。
四条貴音
「わたくしですか?勝てぬとは言いませんが、厳しい相手です。」
周防桃子
そして、ふっと表情を引きしめた。
四条貴音
「春香の非凡さは、桃子も知っての通りです。」
四条貴音
「かつて、我々がまだ十三人だった頃。ライブで先陣を切るのは、常に春香でした。」
四条貴音
「自分の失敗が、ライブの全てを台無しにするかもしれないという重圧…。」
四条貴音
「それに耐え続けた強靭な精神力と勇気、それを支えたのはたゆまぬ努力で培った技術。」
四条貴音
「天海春香という人物は、世間で思われている平凡さとはかけ離れたところにいるのです。」
周防桃子
そう。それは桃子にもわかったこと。でも、春香さんには『残りの半分』がある。
四条貴音
「わたくしが言おうとしていた残りの半分は、『春香の個性』…。」
四条貴音
「天海春香の個性、そしてその神髄は、『普通』という一言に尽きます。」
周防桃子
「…普通?それって、弱点じゃなくて?」
周防桃子
アイドルなんて個性が大事なのに、普通とか言われても悪口にしか聞こえないんだけど。
四条貴音
「それでは、桃子。『アイドル』にとって重要なものとは何ですか?」
周防桃子
それって、特定の人じゃなくって、いわゆる一般的なアイドルの話だよね…。
周防桃子
「人に夢を与えるとか、笑顔がステキとか、ファンのことを考えてるとか…?」
周防桃子
とりあえず、ぱっと思いついたものを並べてみた。
四条貴音
「そうですね。他にも幾つかあると思いますが、それらはアイドルにとって普通の…」
四条貴音
「そう、老若男女、誰にでも普(あまね)く通じる魅力なのですよ。」
四条貴音
「春香には、美希のような人目を惹く華やかさも、千早のような心魂に響く歌声もありません。」
四条貴音
「おそらくは、彼女らとの差に、悩みぬいたこともあるでしょう。」
四条貴音
「それでも、ただひたすらに、ひたむきに、その『普通』を貫きました。」
四条貴音
「明るく、常に笑顔を忘れず、人々を楽しませ、希望と夢を与え、共に歩みを進めていく…。」
四条貴音
「それらの『普通』も極まれば、このように言われます。」
四条貴音
「…万人から共感され愛される道、それ即ち『王道』と。」
周防桃子
「王道…。」
四条貴音
「先程、個性のぶつかり合いと言いましたが、『王道』は独特ではなくとも比類なき個性です。」
四条貴音
「実力と『王道』を兼ね備えた春香を攻略するのは、美希や千早でも容易ではありません。」
四条貴音
「琴葉が為す術も無く破れ、桃子が挑む可能性のある天海春香とは、それ程の存在なのですよ。」
周防桃子
貴音さんの話はむずかしかったけど、言いたいことは十分に伝わってきた。
周防桃子
でも、その話をまとめると、どうしようもない結論が出てきてしまう。
周防桃子
「春香さんが美希さんと同じくらいにすごいなら、桃子は春香さんにも勝てないんじゃないの?」
周防桃子
その問いに、貴音さんは。ただ笑って。
四条貴音
「安心なさい、桃子。わたくしは、自分で出来ぬことを、桃子にさせるつもりはありません。」
四条貴音
「わたくしは言った筈です。『勝てぬとは言わぬ』と。それは即ち『勝てる』という事ですよ…。」

(台詞数: 50)