周防桃子
静香さんに勝った…!これで、桃子が準決勝に出れる!
周防桃子
でも、喜びをかみしめる前に、桃子にはやっておくことがあった。
周防桃子
桃子が静香さんに勝ったワケを貴音さんが知らないハズはない。それをどうしても聞きたい!
周防桃子
舞台袖に戻ると、貴音さんはさっきと同じように桃子を笑顔で出むかえてくれた。
四条貴音
「桃子、おめでとうございます。堂々の準決勝進出ですね。」
周防桃子
「…うん、ありがとう。」
周防桃子
それで…と、声をかけようとしたとき。
四条貴音
「…ふむ。それぞれ質問に答えるのも手間ですね。静香もこっちにおいでなさい。」
周防桃子
言われて気が付くと、静香さんが桃子の後ろから、貴音さんをじっと見つめていた。
最上静香
「…貴音さんが桃子を手助けしていたんですね?」
周防桃子
うーん…けわしい顔。静香さん、やっぱり怒ってるよね…?
最上静香
「…卑怯とは言いません。ルール違反ではないのは確かですから。」
最上静香
「でも、一つだけ教えてください。どうして、桃子と私との間に、あれだけ差が開いたのか…!」
周防桃子
そう。桃子もそれが聞きたい。
周防桃子
貴音さんは、言葉を探すように少し考えてから、ようやくその口を開いた。
四条貴音
「…勝因などはありませんが、敗因ならば幾つかは。」
最上静香
「…敗因?私の、ですか?」
四条貴音
「はい。そうですね…。」
四条貴音
「最初の説明の場で、静香はこのように聞きませんでしたか?」
四条貴音
「『厳正な抽選によって選ばれた観客』の投票によって、勝敗が決まると。」
最上静香
「…はい。」
四条貴音
「ファンの方々にとっても、観客として参加できる機会は、おそらく一回のみ。」
四条貴音
「そのかけがえのない機会に、片や惜しげも無く切り札を切り、片や切り札を温存した…。」
四条貴音
「どちらが人の心を獲るかは、言うまでもないでしょう。」
周防桃子
ハッとした。そう考えてみれば、持ち歌の重みはぜんぜんちがってくる…!
周防桃子
でも、その話だと…。
周防桃子
「だったら、もし静香さんが持ち歌を歌ってたら、桃子はあぶなかったよね…。」
周防桃子
桃子が考えていたことを言うと、貴音さんは笑って。
四条貴音
「ふふっ…。確かに桃子の言う通りですが、そこは詳しく説明いたしましょう。」
四条貴音
「…静香は、桃子の練習内容や調子を把握しておりました。」
四条貴音
「二人の練習場所はさほど離れていませんから、それは自然と耳に入ってきたことでしょう。」
四条貴音
「彼我の実力差を測って、桃子が持ち歌を出さないのならば、自分も出す必要はないと思った。」
四条貴音
「その状況で、わたくしは桃子にあえて持ち歌を歌うように助言したのですが…。」
周防桃子
貴音さんは、静香さんを正面から見つめて。
四条貴音
「さて、わたくしの存在を知らない静香の目からは、桃子はどのように見えたでしょうか?」
四条貴音
「昨日まで『DREAM』を練習していたのに、直前になって急に持ち歌に切り替えてきた。」
四条貴音
「『DREAM』では自分に勝てないと諦めた。イチかバチかの賭けに出た。」
四条貴音
「苦し紛れ。付け焼き刃。自分の努力を疑った。練習不足。迷走している。」
四条貴音
「…だったら、『inferno』でも勝てる。」
最上静香
「…。」
周防桃子
…貴音さんの言葉が図星だったのか、静香さんはうつむいてしまった。
四条貴音
「もっとも、実際はイチかバチかの賭けではなく、桃子の乾坤一擲の勝負となりました。」
四条貴音
「あるいは静香がより慎重であったのならば、備えをしておくこともできたでしょう。」
四条貴音
「例えば、いざという時に持ち歌も歌えるように、事前に関係者に根回しをしておく…など。」
周防桃子
それを聞いてゾクッとした。もし相手が貴音さんだったら、と思うと…。
四条貴音
「実際のところ、わたくしは桃子の心を解きほぐし、全力を出せるようにしただけ…。」
四条貴音
「静香が油断無く己を積み上げ続ければ、わたくしとて手の施しようがありませんでした。」
四条貴音
「ですから、静香の敗因はそのちょっとした過信と油断ということになるでしょう。」
周防桃子
貴音さんは、背中が冷たくなるような顔で、くすっと笑った。
四条貴音
「…そして、その爪先程の差が断崖となって立ち塞がる。それが勝負事の世界です。」
(台詞数: 50)