周防桃子
頭がぼんやりする…。
周防桃子
気が付くと、桃子のそばにだれかがいて、なにか話しかけてきているようだった。
四条貴音
「さあ、これをお飲みなさい。ゆっくり、焦らずに…。」
周防桃子
女の人の声。そして、口の中に、ああ…水だ、これ。なんて気持ちいい。
周防桃子
こくっ、こくっとのどが音を立てながら、何度も何度も、それを流しこんでいく。
周防桃子
冷たい手が、桃子のおでこにぴったりと当てられた。
四条貴音
「…ふむ。これならば、心配はいりませんね。少し休めば、回復するでしょう。」
周防桃子
…回復?桃子、どうにかなっちゃったの?
周防桃子
そういえば、体が熱い気がする。おでこにあるだれかの手が、気持ちいいくらいに。
周防桃子
たしかめようと目を開けると、そこには。
四条貴音
「目は、覚めましたか?」
周防桃子
桃子の背中を支えながら顔をのぞきこんでいる、貴音さんの顔があった。
周防桃子
「…桃子、どうなってたの?」
四条貴音
「わたくしがここを訪れたときは、床にうずくまって朦朧としておりました。」
四条貴音
「おそらくは、疲労と軽い脱水症状でしょう。もう少し水を飲んだ方がよろしいかと。」
周防桃子
そう言いながら差し出してきたミネラルウォーターを、桃子は今度は自分で飲んだ。
周防桃子
この人、ペットボトルを使ったりするんだ、とか思いながら。
周防桃子
「…ふぅ。ありがとう、貴音さん。」
周防桃子
本当に、貴音さんが見つけてくれてよかった。心からそう思って、素直にお礼を言えた。
周防桃子
…それにしても、変な感じ。
周防桃子
桃子が無理をすると、お兄ちゃんとか他のみんなは心配したり怒ったりする。
周防桃子
もちろん、桃子のためを思ってのことってわかるから、迷惑とかじゃないけど…。
周防桃子
でも、貴音さんは、ずっとおだやかな笑みをうかべたまま。
周防桃子
「…怒ったり、説教したりしないの?」
周防桃子
試すように聞いてみたけど、貴音さんはやっぱりほほえんだまま、首を横にふって。
四条貴音
「わたくしは、桃子に説教する言葉など、持ち合わせておりませんよ。」
周防桃子
そして、その口から出た言葉は桃子からすれば意外なもので。
四条貴音
「美希と千早の戦い…あれを見て、心穏やかでいられぬのは、わたくしも同じですから。」
周防桃子
「…貴音さんも?」
四条貴音
「はい…。わたくしの未熟ゆえ、舞台に立つことすらできぬのが、真に口惜しく…。」
周防桃子
…そうだった。きっと、貴音さんだけじゃなくて、他にもたくさん。
周防桃子
桃子が選ばれて喜んだのとは反対に、自分が選ばれなくてがっかりした人はいる。それなのに…。
四条貴音
「…気に病むことはありませんよ、桃子。」
周防桃子
桃子の考えを読んだかのように、貴音さんは笑って。
四条貴音
「桃子が選ばれたということは紛れもない事実なのですから、そこは自信を持ちなさい。」
周防桃子
…それはわかってる。わかってる、けど…。
四条貴音
「ふむ…。かなり打ちのめされたようですね。自信家の桃子が、こうまで落ち込むとは。」
周防桃子
貴音さんは、少し考えて。
四条貴音
「…それでは、こう考えてみたらいかがでしょう?『自分はこれから、挑むのだ』と。」
周防桃子
「挑む…挑戦すること?」
四条貴音
「ええ。負けてもともとと思えば、勝敗や実力差など、問題にもなりません。」
四条貴音
「桃子はただ、自分のありとあらゆるものを相手にぶつければ良いのですよ。」
四条貴音
「勝てば大番狂わせで拍手喝采、負けた時のことは、その時に考えればよろしい。」
周防桃子
「…。」
周防桃子
…変な言い方だけど、貴音さんらしくないお気楽な話が出てきて、正直びっくりした。
周防桃子
負けてもともと、か。それはそうなんだけどね…。なんか、少しシャクな気がする。
周防桃子
それでも、たしかに…。このままウジウジしてても始まらないのはたしかだよね。
周防桃子
「…まあ、一番注目されてない人が優勝するっていうのも、ドラマチックかな。」
周防桃子
いちおう強がりを言ってみた桃子に、貴音さんは今日一番の笑顔を見せた。
四条貴音
「ふふっ…。少しは調子が戻ったようですね。それでこそ、わたくしの知る周防桃子、ですよ。」
(台詞数: 50)