木下ひなた
花壇の向こうに、貴音お嬢さんの楚々とした姿。
木下ひなた
花鋏をぱちん、と鳴らして
木下ひなた
小脇に抱えた、薄、鬼灯、金木犀の束に、秋海棠を加えた。
木下ひなた
明日、何時もの様に、事務所で活けるのだろう。
木下ひなた
手折った花を見つめるその表情に
木下ひなた
何処と無く翳を感じて
木下ひなた
とある雨の日の夜を、思い出す。
木下ひなた
あの日見た、彼女の涙は
木下ひなた
不思議な夜の見せた、幻か
木下ひなた
陰な想起を振り払おうと、頸を振ると
四条貴音
貴音お嬢さんが此方に気付き、顔を上げて、優しい笑みを向ける。
木下ひなた
先の表情はきっと、柄にもなく感傷的になった私の気の迷いが見せた幻かの様で
木下ひなた
そんな気分を吹き飛ばそうと
木下ひなた
笑顔をつくり、元気にただいまを告げようとすると
四条貴音
彼女は、人指し指をそっと唇に添えた。
木下ひなた
大声を出す寸前で、言葉をを飲み込み
四条貴音
振り返る彼女の目線の先を見ると
木下ひなた
縁側の障子戸を開け放ったままの居間、取り込んだ洗濯物に囲まれて
木下ひなた
畳の上ですうすうと、小さな寝息をたてる千鶴お嬢さん。
木下ひなた
うたた寝、というより殆ど熟睡している様子。
木下ひなた
余程疲れていたのだろう。家事の手伝いをしながら、連日夜遅くまでの仕事。
木下ひなた
傍で見ている方が心配になる。
四条貴音
貴音お嬢さんは、摘んだ花を縁側にそっと置いて
四条貴音
取り込み忘れの毛布を一枚、するりと手に取り、居間に上がって
四条貴音
そうっと、千鶴お嬢さんに掛けてやる。
四条貴音
緩やかな仕草、午後の日射しの温もりの中
四条貴音
金木犀と秋海棠が、香る。
木下ひなた
不意に
木下ひなた
庭先からかけられた「ごめん下さい」の声に振り返ると
木下ひなた
そこには、きょろきょろと物珍しげに庭を見渡す、周防桃子ちゃんと中谷育ちゃん
木下ひなた
そして二人の付き添いらしき、天空橋朋花さん
木下ひなた
わくわくを隠しきれずに目を輝かす二人に反して
天空橋朋花
朋花さんは、少し困った様な顔をしていた。
(台詞数: 33)