二階堂千鶴
【同じ学内で起こった事だというのに】
二階堂千鶴
【安田講堂での大騒動でさえ、遠い世界の出来事でしかなく】
二階堂千鶴
【現実的な結論を突きつけられ、迫り来る期日をただ鬱々と待つだけの日々】
四条貴音
「………十日も部屋に篭りきりだと聞いて参ったのですが……」
四条貴音
「随分とだらけた日々を過ごしてらした御様子。」
二階堂千鶴
「何だ、君か……。」
二階堂千鶴
「四条家の令嬢が、ノックも無しに男の部屋に押し入るとは、じいやが知ったら気絶するぞ。」
四条貴音
「じいやでしたら、表の車で待って貰っていますが。」
二階堂千鶴
「そうかい。……で、何の用件だい?大方の予想はつくが……。」
四条貴音
「兄が、様子を見てこいと。」
二階堂千鶴
「様子もなにも、見ての通り。何をするでもなし、何を成せるでもなし。」
二階堂千鶴
「後はただ自堕落に、約束の日を迎えようって趣向さ。」
四条貴音
「あれ程大事にしてらしたギターに、うっすらと埃が……。」
二階堂千鶴
「ふん、君も知っての通り、質流れの二束三文のポンコツだよ。」
二階堂千鶴
「金看板のメイプル材は、ギョロ目が睨んでる様な気味の悪い紋様。」
二階堂千鶴
「それでも安ければと、無知な俺はなけなしのバイト代を全部注ぎ込んで買ってから……」
二階堂千鶴
「ネックに入ったひび割れに後から気付いて、己の間抜けさに後悔しきりだ。」
四条貴音
「それでも貴方は、自身で修理なさって大切に使っておられましたね。」
二階堂千鶴
「ふん、新しい物を買う金が無かっただけさ。」
四条貴音
「ラッカーで黒に塗り替えては、『どうだい、ジェフ・ベックの様だろう』と……」
四条貴音
「得意気に見せて下さいました♪」
二階堂千鶴
「俺はジミー・ペイジ派だけどね。」
四条貴音
「このまま、ご実家に戻られるのですか?」
二階堂千鶴
「……戦後のヤミ市でのし上がった成金問屋だがね、他に跡継ぎが居ないでは、仕方無しだ。」
二階堂千鶴
「妾腹の俺なんかにそんな役回りが来るとは、思ってもいなかったがね。」
二階堂千鶴
「親戚連中の歯軋りする様を想像すると、それもまた悪くないと思えてくるよ。」
四条貴音
「貴方のご実家の御稼業は、多くの方々に美味で安全な食を届けるという」
四条貴音
「素晴らしきお仕事だと存じております。」
四条貴音
「溢れる程の食に囲まれる日々。真、羨ましきお仕事です。」
二階堂千鶴
「平安の時代からの名家の御令嬢が、何を言っとるんだか……。」
四条貴音
「旧いばかりの家柄に、何の貴さが有るというのでしょう。」
四条貴音
「何を成しているやら見当もつかぬお家の、さらに私などは暢気に鍵盤を叩いているだけの……」
四条貴音
「ただの人形飾りと大差ありません。」
二階堂千鶴
「それがお姫様の務めじゃあないか。綺麗に着飾った人形の、何が悪い?」
四条貴音
「……兄が大学に入って暫くして、何やら柄の悪い連中との付き合いがあると聞いて」
四条貴音
「両親は顔を顰めておりましたが……」
四条貴音
「私は、堅物の兄に悪い遊びに誘い込むとは、一体どの様な方なのかと……」
二階堂千鶴
「……君が四条の後をつけてライブハウスに乗り込んで来た時は、心底たまげたね。」
二階堂千鶴
「まさか本当にあいつがあの『四条家』の跡取りで……」
二階堂千鶴
「音楽界期待の新鋭ピアニストである君にお会いできるなんて、夢にも思わなんだ。」
四条貴音
「貴方はいつもその様な、御自身を卑下なさった物言いをなさいます。」
二階堂千鶴
「俺は成金問屋の妾腹の子。分を弁えて語るのみさ。」
四条貴音
「……以前、兄に尋ねた事がございます。何故、二階堂さんとお付き合いなさっているのか、と。」
四条貴音
「兄は言うのです。『二階堂は太陽なのだ。月はその光無くしては輝けぬ……と。」
二階堂千鶴
「大層な買いかぶりをしてくれる。月に隠れて皆既日食とでも言いたいのかね。」
四条貴音
「太陽がいつも正天に在るわけではない事など、私は知っています。」
四条貴音
「雲天に隠れる事もありますし、夕暮れに地平に沈む時も訪れましょう。」
四条貴音
「けれどやがて朝が来れば、目映い陽光で私達を照らしてくれる事も、知っています。」
四条貴音
「それではごきげんよう。……最後のライブで聞かせて下さったあの曲、」
四条貴音
「『胸いっぱいの愛を』……あの曲を思い浮かべながら、今宵は眠りに着くと致しましょう。」
(台詞数: 50)