音無小鳥
「お疲れさま。あら、このみさんも一緒だったんですね」
秋月律子
「ええ、ひなたと可奈を送ってきたところです。会議室、空いてますか?」
音無小鳥
「空いてますけど……美味しいお菓子が手に入ったので一緒に食べませんか?」
馬場このみ
私は律子ちゃんと顔を見合わせ、にっこりと笑って首を縦に振った。
秋月律子
「まず……今まで入れ替えていたひなたと可奈の担当ですが、これを機に元に戻したいと思います」
馬場このみ
お茶を淹れるという小鳥ちゃんに甘えて、2人で打ち合わせを始める。
秋月律子
「ただ、お互いに長い期間担当を外れているので引継ぎの期間が必要だと思うんです」
馬場このみ
「そうね……。それこそ、今日から始まったひなたちゃんのコーナーをうまく使いましょうか」
秋月律子
「私もそう思っていました。この番組関連の収録だけは今までどおり私が可奈を見ますので」
馬場このみ
「ええ、私がひなたちゃんを見るわ。綿密に連携しないとミスしちゃいそうだけど」
音無小鳥
「気を付けてくださいね。私もできる限りサポートはしますから」
馬場このみ
私の前に紅茶が、律子ちゃんの前にコーヒーが置かれる。
馬場このみ
暑さの残る時期に、とは思ったが口を付けると身体が柔らかくなっていくのを感じた。
馬場このみ
自分が出演するわけではないとはいえ、やはりひなたちゃんのことで私も緊張していたらしい。
音無小鳥
「ふふ、喜んでもらえたようでよかったわ」
馬場このみ
カップから目を離すと小鳥ちゃんが私を見てほほ笑んでいた。頭を掻いてそっとカップを置く。
音無小鳥
「それにしてもこのみさん、随分とプロデューサー業が板についてきましたね」
秋月律子
「ホントです。ひなたの悩みも解決しちゃえそうですし。凄いですよ」
馬場このみ
「ほめ過ぎよ。律子ちゃんやチーフ、それに社長に小鳥ちゃん、美咲ちゃんがいたからできたこと」
馬場このみ
「なにより……みんながそれぞれ頑張ってくれているから。私はそこに手を差し伸べているだけ」
馬場このみ
もう一度カップに口を付ける。心が少し柔らかくなる。
馬場このみ
「それに、これからもまだまだプロデュースは続くんだから!本領発揮はこれからよ!」
秋月律子
「おっ!良い意気込みですね!」
音無小鳥
「あのー……」
馬場このみ
私と律子ちゃんがカップを合わせていると怪訝そうな表情で小鳥ちゃんが割って入ってきた。
音無小鳥
「……"これからも"って、このみさん、元の時代に戻ること諦めたんですか?」
馬場このみ
指先のカップがぐらりと傾く。
馬場このみ
「そ、そんなこと……」
馬場このみ
ない、という言葉が口から出てこない。白い机にこぼれた紅茶がじわりじわりと広がりを見せる。
音無小鳥
「ごめんなさい、デリケートなことなのに」
馬場このみ
「ううん、いいの。私も自然と口をついて言葉だったし。何より……私自身が驚いてる」
秋月律子
「元に戻る手掛かりはまだ見つかっていないんですよね」
馬場このみ
「ええ、まったく。せめて何か5年前に関係するものでもあればいいんだけど」
音無小鳥
「5年前って、あるじゃないですか。ほら、これ」
馬場このみ
そういうと小鳥ちゃんは棚の上の物体を指さす。
音無小鳥
「覚えていませんか?このみさん、これを持って起きてきたでしょ?」
馬場このみ
……そうだ。あの時仮眠から目が覚めて、枕もとにあったこれを手に取って……。
馬場このみ
私はふらふらと棚に近寄り、その物体に手を伸ばした。
馬場このみ
細長いピラミッドの出来損ないのような形をした赤いその物体には針がついていた。
馬場このみ
針の周りには1から12までの数字が振られていて、パッとみると時計のように見える。
馬場このみ
耳を当てても動いている気配はない。針も同じでピクリとも動かない。
馬場このみ
ここであることに気付いて、その物体をじっと見る。そして、記憶の蔓をたどり始めた。
秋月律子
「どうかしたんですか?」
馬場このみ
「ええ、何の手掛かりになるかはわからないけど。一つ気付いたことがあって」
馬場このみ
私はくるりと振り向いて、赤いその物体を2人に見せた。
馬場このみ
「針がね、4を指しているの。起きた時には5を指していたの」
馬場このみ
「仮眠のためにセットした時間と同じだったから覚えてる。間違いなく5を指していたわ」
秋月律子
「じゃあ、数字が戻ったってことですか?でも、どうして……」
馬場このみ
私は首を横に振り、もう一度、手の上の物体を見た。
馬場このみ
しかし、3人の視線を集めるその赤い物体は、音もなくただじっとしているだけだった。
(台詞数: 50)