高木社長
「おお、馬場君、よくぞ来てくれた!ささっ、座りたまえ」
馬場このみ
社長室のドアを開けたら、やけににこやかな顔の社長に出迎えられた。
馬場このみ
手前に座る律子ちゃんにこっそり視線を送ったが、返ってきたのはため息だけ。話を聞くとしよう。
高木社長
「大変な目に合っているようだね。心だけがタイムスリップしているそうじゃないか」
高木社長
「滅多に起こることじゃない。色々と大変だろう。少し顔色も悪く見えるが大丈夫かね?」
馬場このみ
私は笑って"大丈夫です"と答えた。まさか二日酔いのせいだとは言えない。
秋月律子
「社長、例の話を……」
高木社長
「うむ、そうだね」
馬場このみ
社長がコホンと咳をつく。自然と私の背筋が伸びる。
高木社長
「いま、君の身体には24歳の馬場君がいるわけだが、これは非常事態と言っていい」
高木社長
「心と体のバランスが崩れては生活に支障をきたすこともあるだろう」
高木社長
「そこで提案なのだが、少し仕事を休んでみてはどうだろう。なに、席はちゃんと残しておく」
馬場このみ
……なるほど、私を笑顔で出迎えるわけだ。これは言ってしまえば戦力外通告。
馬場このみ
席を残すと言っているけど、急に変なことを言い始めた私を、これ以上雇えないということか。
馬場このみ
社長として別に間違った判断じゃないと思う。ただ……
高木社長
「どうかね?」
馬場このみ
私は口をつぐんだ。
馬場このみ
5年前の、いや昨日、武道館で見た社長の笑顔が懐かしくフラッシュバックして……消える。
秋月律子
「社長!丁寧に説明してくださいっていつも言ってるじゃないですか!」
秋月律子
「これじゃ、まるでこのみさんをクビにするように聞こえますよ?」
高木社長
「ク、クビィ?何を言っているんだね、秋月君。私がそんなことするわけないだろう!」
秋月律子
「すみません、このみさん。今の社長の言葉に全く裏はありません。社長なりの親心なんです」
高木社長
「当然ではないか!私はただ秋月君の案のバックアップとしてだねぇ」
馬場このみ
「律子ちゃんの案?」
秋月律子
「ええ、私の案はこのままプロデューサーとして働いてもらうこと」
秋月律子
「29歳の馬場このみさんとしてね」
馬場このみ
「ええっ!?だって、私、プロデュースなんてやったことないわよ!?」
高木社長
「そこは安心してくれたまえ。秋月君だけでなくチーフプロデューサーの彼もサポートする」
高木社長
「2人のプロデューサーから指導を受ければ、馬場君なら基本ぐらいすぐに身につくだろう」
秋月律子
「もちろん休みたいのなら遠慮しないでください。私たちで何とかしますから!」
馬場このみ
2人がじっと私を見る。顔は笑っているが、その視線が私の肌をピリピリさせる。
馬場このみ
壁に貼られているポスターが目に留まる。どうやらアリーナツアーに使われたもののようだ。
馬場このみ
背格好は変わっているが知っている顔ばかり。それがズラッと並んでいる。
馬場このみ
律子ちゃんの顔に視線を移す。……そして、自分の手を見て、昨日見た、鏡の中の自分を思い出す。
高木社長
「別に、今すぐに決めなくとも――」
馬場このみ
「いえ、私、プロデューサーやります!」
秋月律子
「いいんですか!?」
馬場このみ
「もともとここではプロデューサーなんだし、休みをもらってもやることないもの。それに……」
馬場このみ
「あの人数を2人で裁くのはきついでしょ?チーフの年齢を考えると……」
秋月律子
「……」
高木社長
「……さすがだね。プラチナスターライブでの活躍を見込んで彼が引きずり込んだだけはある」
馬場このみ
「あら?あの時の活躍が認められていたんですね。嬉しいです」
秋月律子
「それじゃあ、このみさん、5年前に戻るまでの間ですがよろしくお願いしますね」
秋月律子
「ただし、やると決まったからには徹底的に指導しますから覚悟してください!」
馬場このみ
「もちろんよ、律子ちゃん!」
高木社長
「いいねぇ、仲良きことは美しきかな」
高木社長
「ところで、馬場君。元に戻る方法の見当はついているのかね?」
馬場このみ
「……
馬場このみ
「……あっ」
(台詞数: 49)