秋月律子
……旅費の清算はこれでよし。あとは劇場備品の棚卸をまとめて、っと……
七尾百合子
……
秋月律子
百合子、どうしたの?私の手元をみてるみたいだけど。
七尾百合子
あ、すみません、つい気になったもので。
七尾百合子
律子さん、事務所の中ではいつも持ち歩いてるペンを遣わないんですね。机のと遣い分けてて。
秋月律子
まあ、事務用品くらいは経費で買ってもらえる備品を遣うわよ。外回り用のペンは私物だし。
七尾百合子
律子さんのペン、素敵ですよね。ドイツ製の万年筆ですか?
秋月律子
あら、百合子の年にしては意外な反応ね。文学少女は文房具趣味も嗜んでるのかしら。
七尾百合子
いや……主人公が万年筆販売のアルバイトをするっていうベストセラーがあったからで……
秋月律子
ちょっと前までは、私も事務用品の百円ボールペンを外回りに持ち出してたのよ。
秋月律子
でも、ある日社長にアドバイスをもらってね……
秋月律子
『律子くん。先方に何十万何百万の契約をもらうのだから、それに相応しいペンも持つべきだよ。
秋月律子
我々は形の無い、いわば夢のひと時を提供するのだ。だからこそ……
秋月律子
……先方にも遣ってもらうペンは、品格を問われても応えられるものにしたまえ。』、ってね。
七尾百合子
やっぱり社長さんのお言葉には、重みがありますね。
七尾百合子
契約を結ぶペンは、私達の運命を切り拓く斧であり剣でもあり。魔法の杖にもなり。
七尾百合子
私達のプロデューサーさんも、外に出てる今もペンを遣って、世界と闘って居るんですよね……
七尾百合子
芸能界の理不尽さにも負けないように。まさに、『ペンは剣よりも強し』ですね。
秋月律子
……
秋月律子
百合子、今の『ペンは剣よりも強し』っていうのは、ジョークで言ったの?それとも素で?
七尾百合子
ジョークなんて言ってませんよ。プロデューサーさんに敬意をもって言ってます。
秋月律子
意外と文学少女にも、穴が有るものね。いい百合子、『ペンは剣よりも強し』ってのはね……
秋月律子
フランスの政治家リシュリューの言葉が元なの。当時の政治家だから、つまり貴族ね。
秋月律子
当時は政府が弱体化してたから、リシュリューは公権力を強め市民を抑圧することをしてたの。
秋月律子
で、「政府に楯突く輩ども、自分はいつでも逮捕状や死刑執行書にサインできるぞ」と脅すために、
秋月律子
「『権力の元では』ペンは剣よりも強し」って言ったとされるの。つまり権威側の発言よ。
七尾百合子
……もう。せっかくのロマンを、史実みたいなものを持ち出してぶち壊すのは反則ですよ。
秋月律子
事実は小説よりも奇なり、って言うじゃない。はい論破。
秋月律子
ちなみに百合子。私のペンは確かにドイツ製だけど、万年筆ではないわよ。
秋月律子
キャップを外すとボールペン。実はコレ、費用対効果の高い国産ボールペンの芯が遣えるの。
七尾百合子
その辺りは抜かりないと言うか、実用一辺倒なんですね。律子さんらしい……
秋月律子
今日び、公的な文書で万年筆は遣えないの。万年筆にはロマンが有るのは同意するけどね。
福田のり子
おっはよーございます!律子さん、百合子!
秋月律子
のり子、ドアは静かに開け閉めしなさい!
福田のり子
すみません。この前もらったプレゼントが嬉しかったんで、テンション上がってるです。
七尾百合子
のり子さんが喜ぶといえば……ステーキ肉とか?
秋月律子
贈ってくれるファンの方には悪いけど、飲食物は廃棄してるわよ。
福田のり子
実はペンを貰っちゃって。「サイン用に持ち歩いてください」って。
七尾百合子
はあ、サイン用のペン、ですか……
秋月律子
色紙を送りつけて「これにサインしてください」って言ってくる不届者は分かるけど、ペンを贈る?
福田のり子
ほらコレ。すごくゴツい造りでしょ!暴漢に襲われたときとか、相手を叩きのめすのに使えるの。
福田のり子
アタシの裏拳も大男には通じないかもしれないし。これがあれば、みんなだって守れるよ!
秋月律子
そう……なの。そんな「使い方」をしなくて済むことを願ってるわ。
七尾百合子
少なくとも、これは「ペンは『拳』よりも強し」、ですね。
(台詞数: 44)