中谷育
ぼくは中谷育のクラスメイトだ。
中谷育
ぼくが中谷のことを、とてつもなく大好きになった日がある。
中谷育
それは彼女の「たんじょうび」の日のことだった。
中谷育
中谷はいつも学校にいない。なんでも仕事がいそがしいらしく、よく休んだり早退したりしている。
中谷育
テストや運動会のときは来るけど、大体は週1~2回ぐらいしか学校に顔を出さない。
中谷育
そんな彼女と下校がいっしょになる日があった。それはとてもめずらしいことだった。
中谷育
「ねえ、いっしょに帰っても、いい?」
中谷育
その日は中谷の方から声をかけられた。ぼくはおどろきながらも「うん、いいけど」と言った。
中谷育
「一人で帰ると、お母さんがいじめられてるんじゃないか、ってうるさいからさ……」
中谷育
目の前には女子の帰宅する集団がいる。けど中谷はそのグループの「仲間」ではなかった。
中谷育
中谷はいつも学校にいないので、いじめられてもいないが、友だちもいないのだ。
中谷育
「あ~あ、今日もお仕事だったらいいのに。桃子ちゃんに会いたいな」
中谷育
どうやら中谷の友だちは学校ではなく、仕事場の方にいるみたいだ。
中谷育
「ねえ、あのさ……お仕事って、楽しいもん?」
中谷育
ぼくはいつもテレビに出ている中谷に、前から一度、聞いてみたかったことをたずねた。
中谷育
「ん~楽しくはないかなぁ。怒られることも多いし、イヤなことも……でもたまにすごく嬉しくて」
中谷育
「でもそれも。わたしがちっちゃい「子供」だからなのかな。今だけだよね、きっと」
中谷育
すました顔で遠くて近い女子たちを見つめる中谷は、なんだかちょっとさみしそうで。
中谷育
「早く大人になりたいよねー」
中谷育
ぼんやりと彼女はつぶやいた。ぼくは毎日遊んでばかりで、そんなの考えたこともなかった。
中谷育
ぼくからすれば、たくさんの大人と仕事をしている中谷は、十分に大人びているように見える。
中谷育
帰りぎわに彼女はこんなことを言った。
中谷育
「今度ね、すっごくがんばれたドラマが、わたしのたんじょうびにテレビで流れるの」
中谷育
「よかったら、見てね。じゃあ!」
中谷育
中谷は仕事のため、中学になったら芸能の強い学校へ転校するのがもう決まっているらしい。
中谷育
それでも笑顔で手を振って帰る中谷は、やっぱりめちゃくちゃ、かわいかった。
高坂海美
― 12月16日 ―
中谷育
学校から帰ってきて夕飯を食べおえたぼくは、中谷の出ているドラマをつけた。
三浦あずさ
お話は「転校してきた中谷が、あこがれのお姉さまに再会することで事件が起きる」という内容。
中谷育
個性的な大人に交じっても、愛らしさで負けてない中谷は……もうアイドルなんだな、と見とれる。
高坂海美
やがて小さなトラブルが起き、生徒会長のひみつがバレ、それによって学校の問題も出てくる。
三浦あずさ
ラストは生徒会長のお姉さんが罪をかぶって、みんなのために学校を去る、というものだった。
中谷育
「お姉ちゃんっ! あずさお姉ちゃんっ!」
三浦あずさ
「育ちゃん……」
中谷育
「嫌だよ、わたし……嫌だよぉ! せっかくまた会えたのに、もうお別れだなんて!」
三浦あずさ
「ごめんなさい育ちゃん。私も本当は皆と別れたくないわ」
中谷育
「だったら! どうして!?」
三浦あずさ
「人はね、そういうものなの。嫌な所も悪い所もあって、だからこそ楽しく嬉しい時間が尊くて」
三浦あずさ
「ずっとそれが続いて欲しくても、そのままではいられない……別れを繰り返し、生きていくのよ」
中谷育
「でもっ!! わたし!!」
三浦あずさ
「ありがとう。育ちゃん、海美ちゃん……さようなら」
中谷育
「お姉ちゃぁああんっ!!」
高坂海美
「ダメ。ダメだよ……ぐすっ。私たちで、継いでいくんだ。この学園を」
中谷育
「うぅっ、ぐずっ……あずさお姉ちゃん……海美お姉ちゃあんっ……」
中谷育
去っていく生徒会長を見ながら、もう一人のお姉さんの腕にふるえながら、しがみつく中谷。
中谷育
「わたし……うぐっ、大人になりたい!! 大好きな人との絆を守っていける、大人の女性に!!」
中谷育
「うわぁあぁ~~っ!! ふぅああ゛~~っ、ぅうう……!!」
高坂海美
悔しそうな大声とともに泣きくずれ、抱きしめられる中谷を見て、ぼくも涙が止まらなかった。
中谷育
ポロポロと涙をこぼしながら、ぼくも中谷を支えられるような、大人になりたい。と強く思った。
中谷育
「たんじょうびおめでとう」 あの日、ぼくは――中谷育というアイドルに、恋をしたんだ。
(台詞数: 50)