七尾百合子
「瑞希さん」
七尾百合子
私は今日も彼女の名を呼ぶ。
七尾百合子
無数の配線とコンピューターに囲まれた、この機械仕掛けの部屋で。
七尾百合子
ここに彼女の姿はない。しかし、彼女がまるで実在しているかのように振る舞う。
七尾百合子
「おはようございます。今日も頑張りましょうね」
七尾百合子
これが必要かと問われれば、まあ必要ないのだろう。
七尾百合子
こういうのは気持ちの問題。理論で解けるほど簡単ではないのだ。
七尾百合子
「さて、今日は反応速度を測定したいと思います。まあ、瑞希さんなら心配要りませんね」
七尾百合子
「だ、だって……瑞希さんですから」
我那覇響
「……気でも触れたのか?」
七尾百合子
「ひゃあああ!!」
七尾百合子
驚いて声がした方へ振り向くと、響さんが何やら変態を見る目でこちらを見ている。
七尾百合子
──我那覇響さん。政府からの出向命令を受け、私に付けられた護衛兼監視役だ。
七尾百合子
護衛兼監視役なんて息が詰まりそうな人間をまず思い浮かべるだろうが、この人は違う。
七尾百合子
「いいい、いつの間に忍び込んだんですか!?」
我那覇響
「最初から居たけど」
七尾百合子
「こ、今度から居る時は主張してください!」
我那覇響
「めんどくさいぞ……」
七尾百合子
こんな風に戯れ合える。人とあまり接する機会のない私にとって、むしろありがたい存在だ。
我那覇響
「それはさておき」
七尾百合子
響さんは入口付近に設置されている電話へと視線を遣る。
我那覇響
「鳴ってたから保留にしておいたぞ。ここに直接かけてきてるみたい」
七尾百合子
「……そうですか。ありがとうございます」
七尾百合子
直接……。と、なると上からの電話か。億劫だ。
七尾百合子
「もしもし、お待たせしました。七尾です」
七尾百合子
「ええ、状態は良好です。しかし、もう少しお時間を頂ければ」
七尾百合子
「はい、存じております。必ず期間内には間に合わせますので、はい……失礼します」
七尾百合子
「はぁ……」
我那覇響
「また催促? 以前にも増して頻度が上がってないか?」
七尾百合子
「自分が在籍している間に結果を残したいんでしょうね」
我那覇響
「名声か。まったく……くだらない」
七尾百合子
「まあ、人間らしくてリアルじゃないですか」
我那覇響
「人間らしい? 私利私欲の為に他人を手に掛ける連中が、か?」
七尾百合子
「……その辺りはノーコメントで」
我那覇響
「……失言だった。ごめん」
七尾百合子
「謝らないでください。響さんの言っている事は紛れもない正論なんです」
七尾百合子
「そして、私も同じ穴の狢なのは百も承知しています」
我那覇響
「違う。それは違うぞ……!」
七尾百合子
「七尾百合子という人間は他人の犠牲の上に成り立っています。何も違いありません」
我那覇響
「けど、百合子は……!」
七尾百合子
「……ごめんなさい。そろそろ作業に取りかかります」
七尾百合子
そうだ。私には時間がない。
七尾百合子
塔の基幹である「頭脳」を早々に作らねばならないのだ。
七尾百合子
これ以上、誰も不幸にしない為に。
七尾百合子
「さて、始めましょうか。瑞希さん」
七尾百合子
今日も私は彼女の名を呼び、気持ちを奮い立たせる。
七尾百合子
犠牲は……私で終わらせる。
(台詞数: 47)