横山奈緒
少し前まで、この場所には森林公園があった。
横山奈緒
緑に囲まれた空間はランチや昼寝に最適で、私のお気に入りだった。それが――
横山奈緒
今や、見る影もなくなってしまった。
横山奈緒
「これが……」
横山奈緒
見上げているのは夢と、希望と、一抹の瑕瑾で均衡を保つ――塔。
七尾百合子
「いかがでしょう。直接、現物を見てのご感想は」
横山奈緒
「せや、なぁ……」
横山奈緒
視線は塔に釘付けられたまま、曖昧に応える。
横山奈緒
答えなど出る筈もなかった。生憎、これを表現する語彙が私には備わっていない。
横山奈緒
巨大。偉観。宏壮。知りうる言葉がどれも烏滸がましく思える。辺りに人気もないので尚更だ。
七尾百合子
「まだ試行、調整段階の為、関係者以外の塔近辺への立ち入りは禁止されているんです」
横山奈緒
「そか。ほな、私もヤバイな」
七尾百合子
「あなたは特別ですよ。私が招いたのですから」
横山奈緒
一歩、百合子は私との距離を縮めると、じっと目を覗き込む。
七尾百合子
「単刀直入に言います。あなたの知恵をお借りしたいのです。奈緒さん」
横山奈緒
「はぁ……? どういうことや?」
横山奈緒
ここまで凡そ予想通り。だが、敢えて頓狂な声で訊き返す。
横山奈緒
ここに呼ばれた時点で、あらゆる「良からぬ事」を想像するのは容易い。
横山奈緒
知らん振りをして、百合子の思惑を"平和的に"引き出すチャンスだと考えた。
七尾百合子
「先にも言った通り、この塔はまだ完成に至っていません」
七尾百合子
「知恵が不足しているのですよ」
横山奈緒
「知恵……なぁ。んな大層なもんを私が補えると思うとるんか?」
七尾百合子
「この文句はあなただけに、という訳ではありません」
横山奈緒
「?」
七尾百合子
「三人寄れば――とも云います。個のそれは全の値に遠く及ばないのです」
横山奈緒
迂遠な言い回しは気を遣っているのだろうか。それとも――
横山奈緒
「他にも当てがある、か?」
七尾百合子
「ご賢察の通りです。ですから事を重く考えず、気楽にご参加いただければ、と」
横山奈緒
「や、他がいるならええやん。別に私でなくとも」
七尾百合子
「瑞希さんは、快く引き受けてくれましたよ?」
横山奈緒
「……せやろな」
横山奈緒
彼女の塔に対する執着は誰よりも理解している、つもりだ。
七尾百合子
「……心配ではないですか?」
横山奈緒
「何をや? 瑞希にとって塔に携わるんは本望やろ?」
横山奈緒
「贔屓目なしに見ても最高の頭脳の持ち主やと思とるし、心配なんてせえへんよ」
横山奈緒
「それとも何か? 『知恵を貸す』言うんは心配が必定になる程、危険なんか?」
七尾百合子
「ふふっ。奈緒さん、瑞希さんのお話になるとよく喋るんですね」
横山奈緒
嬉しそうに微笑んでいる。今のは失態だった。
七尾百合子
「互いに実力を認め合い、切磋琢磨する。実に素敵です」
七尾百合子
「故に……あなただけは見誤ってはいけない。そう再認識させられました」
横山奈緒
「あ?」
七尾百合子
「先程の言を一つ、訂正させていただきます」
七尾百合子
「三人寄っても下種は下種。卓越した個は、並居る全を、優に凌駕するものです」
七尾百合子
「……私は、最初から変わらず瑞希さんを尊敬し続けています」
七尾百合子
「奈緒さん。あなたなら、この意味が理解できますね?」
横山奈緒
恐らく……百合子は既に知っている。完全なる塔の全貌を。そして、実現に至る方法までも。
七尾百合子
「"私も"、塔の為なら何でもやりますから。ゆめゆめお忘れなきよう」
横山奈緒
その発言にそこはかとない危機を察知した私は、百合子を意地でも止めようとした――が。
我那覇響
「……動くな」
横山奈緒
背中に突き付けられた冷たな感触に阻まれてしまった。
(台詞数: 50)