春日未来
事務所から車で2時間、山の少し奥まったところにある廃病院
春日未来
ここには出る
春日未来
そんな噂を聞きつけて、私達はやって来た
春日未来
何のためかと言うと、とあるバラエティ番組の企画
春日未来
とは言えWeb配信枠、しかも駆け出しアイドル。機材もスタッフも充実したものは与えられない
春日未来
渡されたのは、ハンディカメラひとつと懐中電灯1本
春日未来
1人で病棟の3階まで上がって、雰囲気のある映像が撮れたら、反対側の階段で降りて戻ってくる
春日未来
もらった指示はそれだけ。正直、気乗りはしない
春日未来
それでも、せっかくのお仕事だからと、元気よく出発したものの
春日未来
病院の雰囲気にのまれ、テキトーに怖がる余裕すらもない
春日未来
あぁ……早く帰りたいよぉ
春日未来
「ここは3階のナースステーションです……ガラスが……全て割れています……」
春日未来
「こっちの病室は……ズタズタに破れたカーテンが不気味にぶら下がっています……」
春日未来
……うん。こんなもんでいいよね?
春日未来
こんな不気味な所、さっさと出ようと、反対側の階段までの歩みを速める
春日未来
あ、そうそう、ここの噂。何が出るかって言うと
春日未来
ある人は女性の幽霊って言ったり、別の人は男性って言ったり、若かったり、年老いていたり
春日未来
とにかく見たって話は多数あるけど、その種類は様々
春日未来
つまり「何か」出るけど「何が」出るかはよく分かんないってこと。
春日未来
なんか……ウソくさいよね?
春日未来
まあもちろん、出てなんて欲しくない。ウソならその方がいい。
春日未来
と、思ったその時
春日未来
「うわわあああああああああ!」
春日未来
「今……誰かいた!!しかも ……女の子!!」
春日未来
その方向に懐中電灯を向ける
春日未来
今度はキラリと光る…………階段の向かいの廊下の奥、揺れる人影……「誰かいる……!!」
春日未来
驚きのあまり、足にチカラが入らず、尻餅をつくような形になる
春日未来
すると、その人影も屈んだように小さくなる
春日未来
あれ?幽霊も尻餅ついた???
春日未来
懐中電灯を右に動かす……光も同じ方向に動く……
春日未来
恐る恐る近づいてみる……。その人影もこちらに近づく………だんだんだんだん近づいて……
春日未来
……あ、やっぱり
春日未来
そこにあったのは大きな鏡
春日未来
「なんで、こんなところに鏡が?」
春日未来
その周辺には、壊れた椅子、束ねられた新聞雑誌、錆びた鉄製の器具、古そうなパソコン
春日未来
「物置とか、粗大ゴミとかのスペースになってたのかな?」
春日未来
改めて鏡を見る
春日未来
ずいぶん曇っていて、所々変形もしているが、懐中電灯の光を当てるとはっきりと姿を映す
春日未来
「なーんだ、幽霊の正体はこれだったんだ!こんなところに鏡があるなんて思わないもんねー。」
春日未来
今、鏡に映る私は笑っている
春日未来
きっと、ついさっきまでは、ひどくつまらなそうな顔をしていたに違いない
春日未来
こうやって自分から動かなきゃ、本当の事なんて何も分からないのに……
春日未来
世界をつまらなくしていたのは、この私だ
春日未来
「……よし!噂の真相はなんと、ただの鏡だった!これはスクープだぞぉ!」
春日未来
私は足どり軽く、階段を駆け下りていった
春日未来
これは、後日その病棟に入ったスタッフに聞いた話なんだけど
春日未来
私が見たあの場所、……そんなところに鏡なんてなかったそうだ
春日未来
そして、私があの日持っていたビデオカメラには
春日未来
私の後ろ姿が、ずっと映っていた
春日未来
「ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤほら、今もㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ見てるよ?ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ」
(台詞数: 50)