最上静香
…あれから、一週間以上が経っていた。
最上静香
今日も私は休養を言い渡されて、劇場で暇を持て余している。
最上静香
あの時、『クレシェンドブルー』のメンバーが駆け寄ってきたところで、私の記憶は途切れていた。
最上静香
後で聞いた話によると、私も琴葉さんも、ほとんど気を失っていたらしい。
最上静香
仲間が駆け寄ってきたのも、喜びだけじゃなくて、私たちを助けようとしたからだって…。
最上静香
本当に、みんなには迷惑をかけてしまったわね…。
最上静香
それでも、社長があの場で言ったことは、はっきりと心に残っていた。
最上静香
「究極のトーナメント、か…。」
最上静香
自分がそれに参加できるなんて。
最上静香
出場者を見渡してみれば、全員が全力を尽くしても勝てるかどうかといった、精鋭揃い。
最上静香
その中の一人として紹介されて、ファンからも賛同をもらえたことは、私にとって何というか…。
最上静香
そうね…。一言にするなら、光栄だって。
最上静香
ファンや仲間の期待に応えるために、早く現場に戻りたい。
最上静香
だけど、私と琴葉さんはしばらく休養だと、プロデューサーに固く命じられていた。
最上静香
医者にもかかったけど、診断の結果は極度の疲労。
最上静香
たっぷり休養を取れば問題ないと言われているけど、それでもプロデューサーが…。
最上静香
あんなに、気が気じゃないって顔をされたら、ちょっとね…。
田中琴葉
「静香ちゃん。」
最上静香
そんな時間を過ごす私に声をかけてきたのは、琴葉さんだった。
最上静香
二人とも休養を命じられているから、自然とやることも同じようなことばかりになる。
田中琴葉
「体の具合はどう?」
最上静香
「もうすっかり元気ですけどね。琴葉さんは、どうですか?」
田中琴葉
「ふふっ…。私もよ。」
最上静香
ここ数日の恒例となった、そんな他愛のない会話が続くと思っていた。
最上静香
だけど、今日の琴葉さんの顔は特に真剣で、何か他に話したいことがあるようだった。
田中琴葉
「…私ね。『灼熱少女』の新しい曲を、プロデューサーに、おねだりしてきたの。」
田中琴葉
「作曲家や作詞家も探さなくちゃいけないし、いつになるかわからないって言われたけどね…。」
最上静香
そう言って、琴葉さんは笑った。
田中琴葉
「だって、『Shooting Stars』に『Flooding』でしょ。」
田中琴葉
「『クレシェンドブルー』にだけ2曲あるのは、ずるいわ。」
最上静香
琴葉さんが、顔は笑いながら、恨みがましい目で、ちらりと私を見る。
田中琴葉
「正直言ってね。社長が止めてくれて助かったの。あの時、何を歌おうかって、考えていたから。」
最上静香
…そうだったのね。あの時は、琴葉さんなら、と思わせる気迫があったから、全然気付かなかった。
田中琴葉
「それとね。私が思ったのは、負けたなっていうよりも、悔しいなって。」
田中琴葉
「私だって、自慢の仲間のこと、もっと歌いたかった…。」
最上静香
琴葉さんの言葉が途切れ、しばらく沈黙が続く。
最上静香
私も琴葉さんも、今回のトーナメントでは、多くのことを学んだと思う。
最上静香
人は…自分一人が大切なだけでは、自分という限界を超えることはできない。
最上静香
誰かを想うからこそ、自分という枠に囚われず、力を尽くせるのだということを知った。
最上静香
今の私は、昔よりはもっとずっと、各段に強くなっている。
最上静香
トーナメントの最中に心を交わした一人一人が、私を成長させてくれた。
最上静香
その喜びや充実感。そして、満たされた誇り。あの時に感じたことは、今でも胸の中に鮮やかで。
最上静香
でも、あの灼熱の時間は、もう戻ってこない。それが、何故かとてもさびしかった。
田中琴葉
「…もし歌が完成したら、覚悟しなさい。」
最上静香
感傷を振り払うように、その手を差し出してきた琴葉さんに、私も手を重ねて応える。
田中琴葉
「次は、『灼熱少女』が勝つわ。」
最上静香
「いいえ。『クレッシェンドブルー』が、勝たせてもらいますから。」
最上静香
握手を交わしながら、二人して笑って。そして、お互いに肩を抱き寄せ合う。
最上静香
それは、あの激戦を戦いぬいた相手に対する、尊敬とねぎらいの証。
最上静香
そして、やがて来る戦いにおける、私たちの再戦の誓いだった。
(台詞数: 50)