周防桃子
今日はライブの打ち合わせがあるから、事務所に来たんだけど…。
周防桃子
ドアを開けてみると、入口までたくさんの人があふれていて、びっくりしてしまった。
周防桃子
そういえば、今日はトーナメントの決勝戦のくじ引きをする日だったね。
周防桃子
でも、みんな琴葉さんと静香さんの勝負に注目してるのはわかるけど…これじゃ中に入れないよ。
田中琴葉
「えっ?これは何?」
周防桃子
そのとき、桃子の後ろから、驚き声がして。振り向いてみると、そこには琴葉さんが立っていた。
田中琴葉
「桃子ちゃん。今日って何かあるの?」
周防桃子
とぼけたことを言う琴葉さんに、桃子は半分あきれて。
周防桃子
「何って…。くじ引きの日でしょ?琴葉さんが主役じゃない。」
田中琴葉
「それはそうだけど…。こんなに人が集まっているなんて、思わなかったわ。」
周防桃子
たしかに、それは桃子も思った。桃子のときは、こんなに人は集まっていなかったし。
周防桃子
それにしても、決勝戦を前にしているのに、ずいぶんな余裕だよね。
田中琴葉
「ごめんね。通してくれる?」
周防桃子
琴葉さんが入口の方にいる人たちに声をかけると、通路に立っていた人が道を空けてくれる。
周防桃子
その動きで、さらに近くの人が気がついて、だんだんと奥までの道ができあがっていって。
周防桃子
琴葉さんは、その道をゆったりと歩いて、事務所の奥へ進んでいった。
周防桃子
桃子も、二人の前座としてライブに出るわけだから、堂々と琴葉さんの後ろを追いかけていく。
周防桃子
事務所の奥の部屋には、先に着いていた静香さんがいて、琴葉さんとお互いにあいさつをした。
田中琴葉
「ごめんね、静香ちゃん。待たせたわね。」
最上静香
「いいえ、大丈夫です。では、始めましょうか。」
周防桃子
くじを差し出そうとした小鳥さんを目線でおさえて、琴葉さんはポケットから何かを取り出した。
周防桃子
これは…メダル?お兄ちゃんの机の上に、ときどき転がってるのを見るけど…。
田中琴葉
「テニスは、コイントスをするのよね。」
最上静香
「はい。サーブとリターンを決めるときにそうしますね。フェンシングもやるんですか?」
田中琴葉
「そうね。チーム戦とか、延長戦とかでね。」
周防桃子
二人の話からすれば、コイントス…このメダルが表か裏かで決めるみたいだけど。
田中琴葉
「桃子ちゃん。このメダルを、真上に投げてくれる?」
周防桃子
なぜか桃子にその役目が回ってきた。まあ、琴葉さんについてすぐ近くにいたせいかもね。
周防桃子
「いいけど…。上に投げればいいんだよね?」
周防桃子
メダルを受け取って、投げるかまえをとる。すると…。
最上静香
「表。」
田中琴葉
「裏。」
周防桃子
二人の声が同時に聞こえて。それにはじかれたように、桃子はメダルを投げ上げていた。
周防桃子
真上のつもりがななめに飛んでしまって、これで良かったのかと、琴葉さんの目を見て。
周防桃子
そしてあることに気がついて、今度は静香さんの目を見る。
周防桃子
メダルが音を立てて床に落ちて。上を向いていたのは、何の模様も入っていない面だった。
田中琴葉
「…裏。私が先攻ね。」
最上静香
「はい。それでは、よろしくお願いします。」
田中琴葉
「こちらこそ。お互い、全力を尽くしましょうね。」
周防桃子
とてもおだやかで、これから勝負をするなんて、信じられないような様子の二人。
周防桃子
だけど、多分これを見ていた人たちの中でただ一人、桃子はゾクゾクとしたものを感じている。
周防桃子
二人の目を見て、わかった。
周防桃子
琴葉さんも静香さんも、空中でくるくる回っていたメダルの、その面まではっきりと見えていた。
周防桃子
以前、同じような感じになった桃子にはわかる。
周防桃子
今の二人は、あのときの桃子と同じかそれ以上に『できあがっている』。
周防桃子
胸の奥にバクハツしそうなくらいのものを抱えながら、さらにそれを練り上げて…。
周防桃子
突然のコイントスだって、相手の状態を見るためにやったことだよね。
周防桃子
そして、二人とも相手が自分と互角のライバルであると確信して、笑いを浮かべていた。
周防桃子
「なるほどね。貴音さんが言ってたように、これは面白くなりそう…。」
周防桃子
新しいライバルの登場に喜びながら。今は脇役として、桃子はそっと二人が作る幕の外に出た。
(台詞数: 50)