最上静香
投票のアナウンスが流れると、会場の拍手と歓声はすぐに小さくなっていった。
最上静香
これからは、観客がどちらに票を入れるかと頭を悩ませる時間になる。
最上静香
紗代子さんが舞台袖から出てきて、私の隣に立った。
最上静香
こちらを見て微笑んでみせたのは、きっと紗代子さんにも全力を出し切った満足感があるから。
最上静香
私も、紗代子さんに微笑を返す。心からの感謝を込めて。
最上静香
この人だからこそ、私は何の雑念も持たず、自分の全力を尽くすことができた。
最上静香
勝負など関係なく、またこうやって歌いたい。そう思わせてくれる、最高の対戦相手だった。
最上静香
それでも…これが試合である以上は、勝敗は決まってしまう。
最上静香
集計が終わり、結果がスクリーンに映し出された。
最上静香
高山紗代子…52票。
最上静香
最上静香…57票!
最上静香
私の勝ち、だけど…。
最上静香
新型の振り付けというサプライズまで出したのに、ここまで接戦になるなんて!
最上静香
何の工夫も無いままだったら、間違いなく私が押し負けていたわね…。
最上静香
心の底から思う。本当に、紗代子さんは凄い人だって。
高山紗代子
「負けちゃった。ああ、悔しいなあ…!」
最上静香
そんなことを言いながらも、紗代子さんはどこか照れたような笑いを浮かべている。
高山紗代子
「でも、良い勝負だったね。」
最上静香
「…はい!」
最上静香
互いの手を取り、健闘を称え合う私たちに、観客席からは温かい拍手と歓声が。
最上静香
手を繋いだまま二人で一礼して、私と紗代子さんは、それぞれ左右の舞台袖にはけていった。
最上静香
…舞台袖に戻って、興奮が少しずつ冷めていくと、一気に疲労が押し寄せてくる。
最上静香
慣れないことをすると、やっぱり疲れるわね…。今日はレッスンは無しにして、休養しよう。
最上静香
そう思って控室に戻ろうとしたところ。
箱崎星梨花
「静香さん、お疲れ様です!」
最上静香
私を待っていたらしい星梨花が、こちらにぱたぱたと駆け寄ってきて。
箱崎星梨花
「さっきのステージ、すごかったです!わたし、感動しちゃって…!」
最上静香
感激でほんのり紅くなった顔が可愛らしくて、見るだけで疲れが吹き飛びそう。
最上静香
「ありがとう。応援してくれていたのね。」
箱崎星梨花
「はい!あ、でも、わたしだけじゃないですよ。麗花さんと茜さんもいっしょでした。」
最上静香
「麗花さんと野々原さんが…。」
最上静香
『クレシェンドブルー』のメンバー同士の縁で、二人は私のことを気にかけてくれる。
最上静香
特に野々原さんは、自分だって明後日に試合を控えているのに…。
箱崎星梨花
「茜さんは、すごいやる気を出してましたよ。自分も負けてられないって!」
最上静香
野々原さんが珍しく素直に(と言うと流石に失礼ね)やる気を出している気持ちはよくわかる。
最上静香
『クレシェンドブルー』のメンバーは、トーナメントを通して、全体的に成績が良かった。
最上静香
星梨花は少し残念だったけど、志保も野々原さんも、本選出場まで駒を進めている。
最上静香
切磋琢磨した仲間として、私が準決勝に進んだなら自分も、と思うのは自然なことだと思うから。
最上静香
ちなみに、麗花さん。あの人は…。
最上静香
実は第三回の優勝者、だったりするのよね…。
最上静香
美声と底なしの体力としなやかなダンスとステージの上では美人。
最上静香
トータルな強さをいかんなく発揮して、見事優勝を勝ち取っていた。
最上静香
…それはさておき。私は、メンバーの最後の一人に心を向ける。
最上静香
「志保は…来ていないわよね?」
箱崎星梨花
「はい。誘ってはみたんですけど、気乗りがしないって…。」
最上静香
志保…。まだ、立ち直れていないのね。
最上静香
志保が第二回で本選に出場したときは、私が落ち込んでいたから、偉そうなことは言えないけど…。
最上静香
どうにかならないかな、と思ったとき、不意に私の頭の中を、一つのアイデアがよぎる。
最上静香
…面白いし、魅力的ね。あくまで状況が許せば、だけど。
最上静香
その思いつきを心の引き出しにしまいこみながら、私は星梨花を促して、控室へと戻ることにした。
(台詞数: 50)