最上静香
琴葉さんのことで色々思うことはあったけれど、私はそれをいったん断ち切ることにした。
最上静香
ほんの少しの迷いでも勝敗に関わってくる。そんな対決を次に控えていたから。
最上静香
貴音さんや他の人も動いているらしいので、琴葉さんの件はそちらに任せておくしかない。
最上静香
…そして、迎えた紗代子さんとの試合の日。
最上静香
私が時間に余裕を持って舞台袖に行くと、そこには紗代子さんが既に待っていて。
最上静香
両目を閉じて、深く深く、まるで自分に沈み込むように集中しているのが、目に入ってきた。
最上静香
以前は気合が走りすぎて空回りすることも多かったけど、最近の紗代子さんは一味違う。
最上静香
熱い感情はそのままに、思考はクールに。自分の気合をパフォーマンスに100%乗せてくる。
高山紗代子
「あっ…。静香ちゃん、来てたんだね。」
最上静香
私に気が付いたのか、紗代子さんが目を開け、こちらを向いた。
高山紗代子
「今日は、よろしくね。」
最上静香
「はい。よろしくお願いします。」
最上静香
二人で挨拶と握手を交わし。
高山紗代子
「順番だけど、私が先で。」
最上静香
紗代子さんが先攻という予想通りの答えに、私は頷く。
最上静香
順番も、どの曲を歌うのかさえもわかる。そういう人だから、紗代子さんは強敵と言えた。
最上静香
出番が来て、紗代子さんはステージに上がって、一礼する。
高山紗代子
「よろしくお願いします。」
最上静香
MCというには短く、しかし気合に満ちた一言だけを残して、紗代子さんのステージは始まった。
最上静香
流れ出したイントロは…予想通り『Vivid color』!
高山紗代子
『優しい風に誘われて 口笛吹きたくなる帰り道』
最上静香
まるで、高原を抜ける風のような歌声が、ステージから吹きつけてくる。
最上静香
その透明で涼やかな歌声に、観客はじっと聴き入っているようだった。
最上静香
紗代子さんがいつか言っていた。この歌は、自分そのものを表しているんだって。
最上静香
純な自分に純な感情を乗せた紗代子さんの歌は、どこまでも力強く、それでいて胸に沁みる。
高山紗代子
『羽ばたいた無限の願いが 鮮やかな色に染まっていく 笑顔も声も言葉も 飛んで行け』
高山紗代子
『絶対に届くって信じてる 愛しい明日だけ見つめてる』
最上静香
歌に乗せた感情が力を与えるのは、歌声だけではなく、振り付けにも。
最上静香
感情を表現する手の動きと、リズムをとるステップ。けっして動きは激しくないのに。
最上静香
それだけで、溢れるようなダイナミズムが、舞台袖まで伝わってくる…!
高山紗代子
『輝いた希望の涙が 鮮やかな色に染まっていく』
高山紗代子
『間違いだっていい 歩き続けていこう 儚い奇跡だけ信じてる』
最上静香
…これだけでも圧巻なのに、紗代子さんにはまだまだ先があると、私は知っていた。
最上静香
軽く目をつぶって、ただ歌だけにすべてを込めていく。
最上静香
感情の高まりは歌の高まり。相互に作用しながら、自分を高めていって。
高山紗代子
『すれ違うみんなが笑顔なら ただ小さな幸せ感じるの』
高山紗代子
『騒ぐ胸抑えきれない ドラマのワンシーンみたい yeah――――!!』
最上静香
頂点に達したとき、歌声と感情が織り成した清流のようなものが、この身を通り過ぎて行った。
最上静香
…すごいわね、紗代子さんは。こんなにも、豊かで。
最上静香
感情を乗せるという点で、昨日の琴葉さんと同種でありながら、そのあり方は異なっていた。
最上静香
琴葉さんは、まさに他人を圧倒するステージ。
最上静香
比べて、紗代子さんのステージは、見ている人に気持ちを通じさせるものがある。
最上静香
もし、両者が対決するとして。琴葉さんの力が保てば、紗代子さんの勝ち目は少ないと思う。
最上静香
それでも、私は紗代子さんのようにありたいと、そう思った。
高山紗代子
『このトキメキ 忘れない…』
最上静香
しびれるような余韻を残して、歌が終わった。
最上静香
温かな拍手が、観客席を、そして会場を満たしていく。
最上静香
会場全体が、この素晴らしいステージを褒め称え、そして私も…。
最上静香
「ありがとうございます、紗代子さん。」
最上静香
充実感に顔を和らげた紗代子さんの姿に向けて、私は心からの感謝を口にした。
(台詞数: 50)