最上静香
旋律が、荒野に鳴り響く。
最上静香
音の正体は皆が歌う国歌。
最上静香
ここにいる者たちは皆、身分を奪われ、国から存在を抹消された罪人。
最上静香
もちろん、私も例外ではない。
最上静香
暗黒郷…何もかも徹底管理されている母国は、個の自由すら奪い、それを正義だと謳う。
最上静香
私の罪状は外出。たったそれだけ。
最上静香
決まった時間に働き、食べ、就寝する。
最上静香
その時間を管理するのが主に国の御偉方だった。
最上静香
そんな彼らの間で流行っている、とある娯楽がある。
最上静香
我々の様な、"存在しない者"を追いかけ、狩る、裏では『隠れ鬼』と呼ばれている遊び。
最上静香
表向きは『法を守らぬ鬼に裁きの鉄槌を』…なるほど、そう謳うと聞こえはいい。
最上静香
その実、やっていることは快楽を求めた人殺し。
最上静香
存在しない故、例え殺めようとも法に触れる事はないらしい。
最上静香
虫同然に、同じ人間の命を奪う鬼ごっこ。
最上静香
鬼が泣いて救済を懇願した所で、悦ぶだけで結果は同じ。
最上静香
奴らの欲求を満たすくらいなら、舌を噛み切った方が何倍もマシだ。
最上静香
だが、それをしないのは、単純に"痛いのが怖い"とか、人として当たり前のもの。
最上静香
だから私は、逃げて、隠れて、また逃げる。どんなに汚れても、惨めでも。
最上静香
群れとも離れて、獣の様な姿で、どこまでも続く荒野をさ迷う。
最上静香
足取りは重く、幾度となく意識を失いそうにもなった。
最上静香
やがて逃走の果てに、ぽつりと立つ家を見つける。
最上静香
中には誰も居らず、長い間、人が立ち入った形跡もない。
最上静香
体力も限界に来ていた。壁を背にして泥のような眠りにつく。
最上静香
食料も日毎に減っていき、残るのはパンひとつと貯めた雨水。
最上静香
ひとかけらを何食にも分けて、凌ぐ日々が続いた。
最上静香
そんな生活を繰り返していたある日、曇天の荒野に無数の足音が響く。
最上静香
私は部屋の隅で縮こまり、叩かれる扉を見つめるだけ。
最上静香
…もう、どうでもいい。
最上静香
過度の空腹と疲労で、既に考える事すら出来ない。
最上静香
鍵のない扉を開けて入ってきたのは、数人の兵士と――
最上静香
この殺風景に酷く似合わない、白く、煌びやかな女の子。
最上静香
私は夢でも見ているのか。私に向けて差し出される白い手が見える。
望月杏奈
共に、行きましょう。あなたを私の国で保護します。
最上静香
馬鹿な…そんな都合のいい話…ましてや他人など、簡単に信用出来るものか。
最上静香
今では、自らの死を願い、他の死では心も動かない。
最上静香
そんな見ず知らずの『鬼』を、あなたは救うと言うのか。
最上静香
しかし、彼女は優しく微笑んで。
望月杏奈
私も、かつて鬼だった事がある。
望月杏奈
形は違えど、醜い思いも沢山経験した。
望月杏奈
けれど今、あの人のおかげでこうして、ここに立つ事が出来ている。
望月杏奈
…だから、今度は私の番。
望月杏奈
あの日、あの時、この場所で、あの人が私の手を取ったように。
望月杏奈
共に手を取り、私たちと新たな時代を築きましょう。
最上静香
膝を付いて、私の汚れた手を取る。
最上静香
一点の曇りもない瞳には、汚れた私。
最上静香
やがて旋律が、荒野に鳴り響く。
最上静香
音の正体は…。
望月杏奈
大丈夫、あなたはもう、鬼じゃないよ。
最上静香
ひとつの鬼は、ひとりの人へ。
最上静香
何度も頷き、子供の様に泣く少女が、そこには在った。
(台詞数: 50)