世界で一番厳しい理解者
BGM
Believe my change!
脚本家
nmcA
投稿日時
2017-05-17 00:23:33

脚本家コメント
前情報が厳しいということだけだった

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伊吹翼
「私はいいと思うが?」
伊吹翼
そのセリフに息子たちはおろか、孫自身も驚いた顔をしていた。
伊吹翼
『父さん、本気で言ってるの?まだ翼は中学生だし、アイドルなんて……』
伊吹翼
「年齢は関係ない。ようは翼のやる気次第だ」
伊吹翼
息子夫婦の目に明らかな動揺の色が映る。湯呑に入ったぬるいお茶を啜り、さらに口を開く。
伊吹翼
「成功もできるだろ。なにより翼はできる子だしな」
伊吹翼
落胆した両親をよそに、孫は満面の笑みで抱き着いてきた。
伊吹翼
私は猫のように跳ねたクセっ毛を撫で、さらにこう付け加えた。
伊吹翼
「ただ、それから先は知らん。自分で頑張りなさい」と。
伊吹翼
孫のデビューは早かった。メジャーなアイドルを輩出しているため、ノウハウがあるのだろう。
伊吹翼
すぐにCDを持ってきて聞かせてくれた。タイトルは「恋のLesson初級編」
伊吹翼
歌詞は年相応というよりはませているように思えたが、歌については私の見込みどおりだった。
伊吹翼
孫がどう?と聞いてくるので私はクセっ毛を撫でながらこう答えた。
伊吹翼
「頑張りなさい」と。
伊吹翼
初めて孫のライブを観に行ったのは、それからしばらくしてからだった。
伊吹翼
この歳になると人込みはつらいが、一度くらいと思い、足を運んだ。
伊吹翼
会場の明かりがポツポツと消え、パッとステージの中央が明るくなる。
伊吹翼
孫はその中央にいた。精一杯声を上げ、天真爛漫にステージを駆け巡る。
伊吹翼
私は嫁に渡された光る棒を持ったまま、ジッと孫の動きを観察した。
伊吹翼
ライブ終了後、孫は乾かぬ汗を拭かぬまま駆け寄り、私たちにどうだったと感想を求めた。
伊吹翼
婆さんに絶賛された後、孫が私の顔を見る。私は、目を閉じ、しっかりと口を開いてこういった。
伊吹翼
「それでもプロなのか」と。
伊吹翼
しばらくは孫から音沙汰がなかった。
伊吹翼
婆さんに聞いたところ、引き続きアイドルは頑張っているらしい。
伊吹翼
あの時、孫は何も聞こうとしなかった。私が言いたいことをどれだけ理解したかは知らない。
伊吹翼
ただ、あの場でのあの子は私に似ていた。
伊吹翼
ただ自分の才能ひとつを翼にして、自らの青春だけを謳歌していたあの頃の私に。
伊吹翼
ある日、夕刊を取ろうと郵便受けをのぞいたとき、一枚のディスクが入っていることに気付いた。
伊吹翼
表には見覚えのある字で「おじいちゃんへ」と書かれていた。
伊吹翼
再生すると、この前と同じ会場が映った。ステージには3人の少女。
伊吹翼
赤髪の少女からマイクを受け取ったのは孫だった。ギターの音が響く。
伊吹翼
……他の映像の時は婆さんから何かしらの感想が出たものだった。
伊吹翼
しかし、この映像は違う。婆さんは何も言わずじっと画面を見つめていた。
伊吹翼
ライブが終わり、映像が止まった。私はすっくと立ち、電話をかける。そして、こう言った。
伊吹翼
「さすが私の孫だ」と
伊吹翼
そして、「まだまだやれるだろう」と
伊吹翼
その日は、前々から行くことを断っていた。
伊吹翼
息子夫婦からはもったいないと言われ、婆さんからは冥途の土産は分けませんよと言われた。
伊吹翼
暖かくなった縁側で新聞に目を通す。ゆっくりとめくっていくと全面広告で手が止まる。
伊吹翼
載っているのは37人の少女と武道館の文字。孫は紙面の中央にいた。
伊吹翼
突然、居間の電話が鳴る。婆さんが出かけていることを思い出し、えっちらおっちら歩き出す。
伊吹翼
『おじいちゃん、こないの?』
伊吹翼
……孫に喋ったのは、息子かそれとも婆さんか。
伊吹翼
「せっかくわたしの晴れ舞台なんだよ?それに、まだわたしの本気のステージ見ていないでしょ?」
伊吹翼
見る必要などない。最高のパフォーマンスができることぐらい分かっている。
伊吹翼
『そうやって、決めつけるのはおじいちゃんの悪いところだよ?それに……』
伊吹翼
『おじいちゃんにも見て欲しいんだよ?大事な観客の一人なんだから、ね?ダメ?』
伊吹翼
大事な観客、と来たか。なるほど。
伊吹翼
そこまで言われて退くわけにはいかない。私は息を一つ付いてこう言った。
伊吹翼
「待っていろ、私は厳しいぞ」と。

(台詞数: 50)