周防桃子
…貴音さんの勝ちだね。
周防桃子
モニターを見なくてもわかる。やり過ぎって言えるくらいの、圧倒的な勝ちだった。
周防桃子
でも、それは結果に見えるような、貴音さんの一方的な試合ではなかったのを、桃子は知っている。
周防桃子
貴音さんが静香さんを引き受けてくれた理由も、今はわかる。
周防桃子
もしも。もしもだけど、静香さんがすべてを捨ててでも、桃子や貴音さんを倒そうとしていたなら。
周防桃子
桃子は、きっと勝てなかったと思う。貴音さんでも…わからなかったかもしれない。
周防桃子
だから、貴音さんは手をつくした。そこまでやるかって、怖くなるくらいに。
周防桃子
…貴音さんは、必死だった。
周防桃子
桃子との約束を守るために。二人のどちらかが失敗してしまえば、消えてしまう夢のために。
周防桃子
…でも、なんとか約束の最初のラインには、たどりつくことができたね。
周防桃子
ほっと息をついて、桃子は準決勝のステージに向けて歩き始める。
周防桃子
少しして、周りから歓声が聞こえてきた。
周防桃子
貴音さんの次…琴葉さんと麗花さんの試合が、始まるんだ。
周防桃子
アナウンスによれば、二人とも選んだのはフェス。
周防桃子
このイントロは…琴葉さんが、『朝焼けのクレッシェンド』。
周防桃子
…麗花さんは、『FIND YOUR WIND!』。
周防桃子
二人とも、自分が一番自信のある曲を選んできたんだね。
周防桃子
桃子は、近くにあったモニターをちらりと見る。
周防桃子
似ている色のサイリウムだからわかりにくいけど、今のところは琴葉さんが押してるかな?
周防桃子
感情の熱が、音の波になって、このステージ下の通路まで伝わってくる。
田中琴葉
『叶えたい想いに純粋なまま 朝焼けは高鳴りへのクレッシェンド』
田中琴葉
『抱きしめた自分を信じているよ わたしが わたしでいれるように』
周防桃子
ただ、その熱は、いつかの聞く人を焼くようなものではなく、温めるような。
周防桃子
琴葉さんの本来の優しさとまっすぐさを感じさせる、力のある歌声だった。
周防桃子
しかも、まだ終わらない。曲が進むにつれて、琴葉さんは想いを高め、燃やしている。
周防桃子
その勢いに、麗花さんが、どんどん押されていって…。
田中琴葉
『迷いながら 手放せなかった 夢なら本物 不器用でも 前を向いていこう』
北上麗花
『この瞬間、この感情、自由に飛んでいく…』
周防桃子
…もう、後がない。このまま、決まる?
北上麗花
「……。」
周防桃子
…笑った!?麗花さんが、このがけっぷちで!
周防桃子
残されているのは、ほとんどラストの部分だけなのに…。
周防桃子
そう思った、次の瞬間。地面の下にいるはずの桃子の体を、クリアな歌声が突きぬけて。
北上麗花
『青い空はどこまでだって広がっていく だからね Find your wind!』
周防桃子
音が響くというより、透明な何かが体を通り過ぎていくような。
周防桃子
涼しげな風が吹きぬける、青空の下に立っている。桃子は、そんなイメージに包まれていた。
北上麗花
『君とならどこへだって行けるってわかる…』
北上麗花
『I feel you near me always!』
北上麗花
『走り出したときに感じる風を自由っていうんだよ…!』
周防桃子
そして、その風が通り過ぎた後には、サイリウムの色が…。
周防桃子
そのほとんどが、麗花さんの色に変わって…歌が終わった。
周防桃子
…麗花さんの…勝ち、だね。
周防桃子
ああ、そういえば…。たしかに『最後にサイリウムの色が多かった方』が、勝ちって言ってたっけ。
周防桃子
だからって、最後の最後でひっくり返すなんて、ムチャクチャすぎるよ…。
周防桃子
あれ、桃子や貴音さんどころの話じゃないよね。後のことなんて考えてない、ほんとの全力だよ?
周防桃子
頭の中で文句を言いながらも、なぜか桃子の口は笑いの形になっている。
周防桃子
さっき吹きぬけた風の、透明なさわやかさが、まだ胸に残っているような感じだった。
周防桃子
負けてくやしいはずの琴葉さんも、苦笑いしているし。
周防桃子
この型破りな勝者をたたえるファンの拍手が、ステージを包んでいく。
周防桃子
それを笑顔で受けるのは、だれのどんな都合にもとらわれない、自由な風の人だった。
(台詞数: 50)