島原エレナ
「コトハぁ~!!」
田中琴葉
歌が終わるなり、舞台袖から飛び出てきたエレナに、私は抱きすくめられてしまった。
田中琴葉
そのまま人目も気にしないで私の体にひしっとしがみつきながら、べそべそと泣き続けている。
田中琴葉
「…ごめんね。心配かけたよね。もう大丈夫だから…。」
田中琴葉
なんとか自由になる手で背中をさすってあげても、エレナはなかなか泣き止まなくて。
田中琴葉
事情を知らない人たちを置き去りにして、しばらく私たちは舞台の上で愁嘆場を繰り広げていた。
田中琴葉
エレナを慰めていて、どれくらい経ったのか。
高木社長
「…やれやれ。知らせを受けて来てみれば、困ったことになっているようだね。」
田中琴葉
後ろからの声に振り向くと、そこには駆けつけてきたと思しき社長の姿があった。
高木社長
「成程。これでは、投票しようにもできないか。」
高木社長
「ルールを堂々と破ってみせるとは…思った以上に跳ねっ返りだね、君は。」
田中琴葉
社長の口調は穏やかだったけど、反対に表情は厳しかった。
田中琴葉
それについては、私が招いたことだから、その責は当然私が負うべきとしか言えない。
田中琴葉
「舞台を台無しにして、申し訳ありませんでした。」
田中琴葉
社長に頭を下げると、エレナがかばうように私の前に立った。
島原エレナ
「コトハは悪くないヨ!ワタシがヘンなことしたから…!」
田中琴葉
「いいのよ、エレナ。私がルール違反をしたのは、言い訳できないことだもの。」
島原エレナ
「ダメだヨ!コトハは、ワタシに付き合わなければ、勝ちだったんだヨ!」
田中琴葉
言い争う私たちを、社長が手で制した。
高木社長
「…その議論はともかく。今は、お客様に納得してもらうのが先だろう。」
田中琴葉
…たしかに。ファンのみなさんが不安になるくらいに、待たせてしまっている。
高木社長
「では、裁定を下そう。一切の異議は認めない。いいね?」
田中琴葉
念を押す社長に、私は頷いた。
田中琴葉
私の手に持っていたマイクを取ると、社長はひとつ深呼吸をして。
高木社長
『会場にお集まりのお客様方、どうかご清聴をお願いします。』
高木社長
『私は765プロダクションの社長、高木順二朗です。』
高木社長
『まずは、お客様の目から見て不明瞭な結果となりましたことに、お詫びを申し上げます。』
高木社長
『その上で、トーナメントの責任者として、先程の一戦について、説明させていただきます。』
田中琴葉
社長がどのような判断を下すのか、私もエレナも、ファンも固唾を飲んで見守っている。
高木社長
『田中琴葉は一回戦でソロ曲を歌っているにも関わらず、準決勝でもう一度ソロ曲を歌いました。』
高木社長
『これは明らかなルール違反であり、本来ならば失格とするのが妥当。』
高木社長
『しかし、先攻の島原エレナも、最後まで歌をお届けすることができませんでした。』
高木社長
『…私はこれを、途中棄権であると判断いたしました。』
高木社長
『先に失格となったのは島原エレナ。その時点で、勝敗は決したものとします。』
高木社長
『後攻の田中琴葉のソロ曲は、あくまでエキシビジョンとして扱い、反則とは見なしません。』
田中琴葉
思わず、天井を仰ぐ。まったく予想してなかったわけじゃないけど、そんな結果になるなんて…。
高木社長
『よって、決勝進出者は、田中琴葉とさせていただきます!』
田中琴葉
社長の言葉を受けて。ぱらぱらと小雨のような拍手が、だんだんと大雨へ。そして、万雷の拍手へ。
田中琴葉
エレナこそ、決勝の舞台に相応しい。そう思っていた私には、思いがけないことだった。
田中琴葉
呆然とする私に、社長が語りかけてくる。
高木社長
「君の歌は、エレナ君ただ一人だけではなく、ファンの心も動かしたということだね。」
高木社長
「ならば、最早言うべきこともあるまい。この結果を受け入れる事を、君への『罰』としよう。」
高木社長
「この人たちの期待にかけて、決勝戦では、無様な姿を見せることは許されないと思いたまえ。」
田中琴葉
社長は、それで話は終わったとばかりに身を翻す。
田中琴葉
その背中に、私はもう一度頭を下げた。
田中琴葉
そして次は、ファイナリストとして、観客席に一礼する。謝罪と感謝の気持ちを込めて。
田中琴葉
すると、涙を引っ込めたエレナが抱きついてきて。『灼熱少女』の仲間たちも飛び出してきた。
田中琴葉
再び混沌となったステージを見て、観客席からも笑いと歓声が投げかけられる。
田中琴葉
多くの真心に包まれた私は、それに相応しいたった一つの言葉を、会場の奥まで届けと叫んだ。
田中琴葉
「…ありがとうございました!」
(台詞数: 50)