田中琴葉
何年か前、私は変な夢を見た。
田中琴葉
海の底のように暗い闇の中にいて、声が聞こえた。
田中琴葉
「本当のあなたは何処?」
田中琴葉
…私は答えることができなかった。
田中琴葉
皆から頼られる私、それは紛れもなく私。
田中琴葉
でも、それが本当の私?
田中琴葉
そこに疑問を抱く私がいる。
田中琴葉
本当は違う。そうじゃなければ、疑問を抱くことはない。
田中琴葉
じゃあ、本当の私は何処?
田中琴葉
皆から頼られて、何事も1人でこなして、皆からさすがだと言われる。
田中琴葉
これが私じゃないとしたら…
田中琴葉
これが私じゃないとしたら…私とはいったいなんなのだろう…
田中琴葉
私にはわからなかった。
田中琴葉
でも、その答えはしばらくしてわかった。
田中琴葉
仕事で少しミスをしてしまった。誰にでも起こりうる些細なミスだった。
田中琴葉
小さく笑いながらあの人は言った。大丈夫、君は強い人だからと。
田中琴葉
そうね…そう言葉を返した。夕暮れの道を歩きながら、いつものやりとりだった。
田中琴葉
家の近くの交差点、信号が変わった。
田中琴葉
私は家の方に、あの人は来た道を歩き始めた。
田中琴葉
別れるまでに言いたかったことがあった。でも、言葉にならなくて言えなかった。
田中琴葉
部屋に戻り、床に座り込む。何をしてた訳でもなく、ただ座っていた。
田中琴葉
気がついたら日は落ちて、部屋の中には月明かりが差し込んでいた。
田中琴葉
ふと、姿見に目を向ける。私が私を見ていた。至極当たり前の事だ。
田中琴葉
でも、そこに映る私は何かが違った。
田中琴葉
まるで、今にも泣きたいといった顔をしてる私。誰かを頼りたくて仕方ないといった顔をしてる私。
田中琴葉
…途端に不安になった。いや、怖くなったのかもしれない。
田中琴葉
とっさに電話をかけていた。でも、この気持ちをどう言葉にして良いのかわからない。
田中琴葉
結局、相手が出ることは無かった。無理もない。既に日付は変わっていた。
田中琴葉
ベッドに横たわり、気付いたら眠りに落ちていた。
田中琴葉
…またあの場所。あの日見た暗い闇の中。またあの声が聞こえた。
田中琴葉
「本当のあなたは何処?」
田中琴葉
気がついた時には言葉となって私の中から溢れていた。
田中琴葉
…皆から頼られる。違う、皆から頼られるようにしてきたんだ。
田中琴葉
頼ってもらえなくなる事が怖かったから。
田中琴葉
何事も1人でこなす。違う、こなせるようにしてきたんだ。
田中琴葉
皆をガッカリさせたくなかったから。
田中琴葉
皆からさすがだと言われる。違う、さすがだと言われるようにしてきたんだ。
田中琴葉
それが私だから!
田中琴葉
…
田中琴葉
…気がついたら、朝陽が差し込むベッドに横たわっていた。
田中琴葉
頭の中にはまだ、あの暗闇の中の記憶が残っている。
田中琴葉
…本当の私。違う。それは本当の私なんかじゃない。
田中琴葉
本当は誰よりも頼りたくて、見放されるのが怖くて、弱くて脆いんだ…
田中琴葉
携帯が鳴った。何かに駆られるように電話に出た。
田中琴葉
すごく驚いた様子だった。私はただ一言、こう言った。
田中琴葉
もっと側で私のことを見ていてください!私の近くにいてください…
田中琴葉
…涙が流れていた。不安だった。わかっている。こんなのただのわがままだ。
田中琴葉
それでも、そう言わないと気が済まなかった。だって…
田中琴葉
だってこれが…
田中琴葉
だってこれが…本当の私だから。
(台詞数: 50)