佐竹美奈子
……掃除機を少しだけ強く当ててしまって、棚から一枚の写真が落ちて来た。
佐竹美奈子
ウェディングドレス姿の一枚。
佐竹美奈子
ウェディングドレス姿の一枚。……もう20年は前の一枚だ。
佐竹美奈子
とは言え、これは「本番の」写真ではない。本番のは、台所に額に入れて飾っている。
佐竹美奈子
本番から遡ること三年。あの人と初めて出会った、アイドルだった頃。そのお仕事で撮った写真。
佐竹美奈子
「美奈子らしい笑顔だから」と採用された一枚だけど……振り返ると巨大なケーキが異様だ。
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
思いつきで応募した私のアイドル活動は、ある意味、その初日で終わってしまった。
佐竹美奈子
一目惚れ……初恋……。プロデューサーとして現れたその人に、心を捧げてしまったからだ。
佐竹美奈子
あの頃のファンの皆さんには申し訳ないけど、私の全ては彼のために有った。
佐竹美奈子
彼の望む姿になるためレッスンし、彼の期待に応えるためステージに立ち、
佐竹美奈子
……彼のためだけを思って、中華鍋を振るい、ほかの家事もしてあげていた。
佐竹美奈子
そうとう私の押しが強かったためか、数ヶ月後には交際が始まり、そして寿引退とあい為った。
佐竹美奈子
ネットニュースがひとつ流れ、私の契約が打ち切られ、それでお仕舞い。
佐竹美奈子
彼と一緒にいるためにアイドルをしていたのだ。彼と一緒になれたなら、それが全て。
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
彼は今もプロデューサーをしている。実際は、芸能プロの代表と兼任で。
佐竹美奈子
当時の事務所の下請けみたいなところ。当時の事務所が所有していた複合商業施設の中。
佐竹美奈子
そこに出勤する彼の、朝ご飯を拵えお弁当を詰め、晩ご飯を用意して待つ。そんな日々。
佐竹美奈子
途中からは子供達の分が増え、子供達のお弁当も増えた。
佐竹美奈子
出張でもなければ、彼はいつでも家で夕食を摂る。遅くなっても、宴会が有っても。
佐竹美奈子
それもまた……彼が私を愛してくれている証だと思う。
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
唐突な話だった。父さんが、店を畳むらしい。
佐竹美奈子
長年大盛りメニューを作り続けたためか、去年くらいからまともに腕が上がらないらしい。
佐竹美奈子
……閉店前の一週間、お店の手伝いに行った。子供の頃からのお客さんもいて、ちょっと泣いた。
佐竹美奈子
……今まで苦労をかけた母さんを労うため、世界一周旅行をするらしい。
佐竹美奈子
お店も売って、弟のところに行くそうだ。弟には料理の才も情熱も無く、勤め仕事をしている。
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
……いつかはこんな日も来ると思っていたが、私の「ルーツ」が消えてしまった気がした。
佐竹美奈子
私を育んでくれた場所は、もう無い。時は流れる。それは仕方が無い。
佐竹美奈子
私を受け入れてくれた事務所にも、もう帰れない。自分から去ったのだ。それも仕方ない。
佐竹美奈子
私が一番欲しかった彼は、今も側にいる。子供達と一緒に、愛を与えてくれている。
佐竹美奈子
……だけど……
佐竹美奈子
望むものを望んだように手に入れた私は、本当に最高に幸せなのか?心の揺らぎは収まらない。
佐竹美奈子
例えば、過ごしやすいうららかな春の日が、永遠に続いたなら、それは淋しいのではないか。
佐竹美奈子
ときに冬の寒さに晒され、ときに夏の暑さに射られる。人生とはそういうものではないのか。
佐竹美奈子
心は揺れる。収まることなく。揺らぎ続ける。その先は……進展?それとも、破綻?
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
「家を出る」。私の決意を伝えたとき、彼は非常に動揺した。
佐竹美奈子
子供のことを考えろとか、月並みなことを言ったのではない。
佐竹美奈子
『君を満たす選択は、それしかないのか?』。彼の愛を知っている。その苦悩はすぐ感じる。
佐竹美奈子
それでも、私は首を縦に振った。私の心は、私だけのものだから。
佐竹美奈子
……無限の幸せをくれる家を出て、一歩踏み出す。私らしさを求めるために。
佐竹美奈子
……
佐竹美奈子
「さあ、今日からはじまる新番組!『わっほい!バーストクッキング!』」
佐竹美奈子
「『愛とカロリー特盛り』こと、料理研究家のMINAKOです!それでは調理スタートです!」
佐竹美奈子
……家族以外に料理を振舞ってた日々。その情熱を取り戻したい!私の芸能活動、リスタートだ!
佐竹美奈子
彼や子供達だけじゃなくて、これからはテレビを通して、日本中の人に振る舞いますからね!
(台詞数: 50)