中谷育
「恵美さん、今日はよろしくお願いします!」
所恵美
「こちらこそよろしく!でもプロデューサーも思い切ったね~。もう一人欲しいとは言ったけどさ」
馬場このみ
「雑誌は20代向けだけど10代後半の子にも読んで欲しいでしょ?なら、育ちゃんは適任よ」
馬場このみ
「それに、20代でも10代に見られる子はいるから……。そういう子の参考にもなるかなって」
所恵美
「なるほど、プロデューサーが言うと説得力が違うね。編集ちゃんも張り切って見に来るわけだ」
中谷育
「な、なんかそう言われると緊張してきたかも」
所恵美
「大丈夫だって。アタシと楽しもう!育と仕事するのも久しぶりで楽しみなんだ。よろしく!」
馬場このみ
そう言って恵美ちゃんは育ちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でる。
中谷育
撫でられた育ちゃんは子ども扱いをされたと怒ると思ったが、懐くような笑顔を見せている。
所恵美
「あ、プロデューサーも今日もよろしくね!」
馬場このみ
そう言って恵美ちゃんが私の方へ手を伸ばしてきた。
馬場このみ
私はキッと睨んで牽制したが、ここでようやく育ちゃんの対応の理由に気付き愕然とする。
中谷育
「どうかしたの、プロデューサーさん?」
馬場このみ
「……ううん、ただ、物理的な成長って心の余裕を生み出すんだなって思っただけよ」
馬場このみ
恵美ちゃんと育ちゃんは同じ高さにある顔を見合わせ、首を傾げた。
中谷育
「それで、撮影の順番はどうするの?」
所恵美
「それなら、先に育から撮ってよ。育のチョイスを知りたいからさ」
中谷育
「それを言ったら私だって恵美さんの撮影を参考にしたい!」
馬場このみ
「じゃあ、恵美ちゃんの言うとおり、先に育ちゃんから撮ってみましょうか」
馬場このみ
不服そうな表情を浮かべる育ちゃんを無視して私はカバンから手帳を取り出す。
馬場このみ
「今回のテーマは"自分は自分"よ。自分らしさをアピールするようなファッションでお願い」
中谷育
「……自分、らしさ」
馬場このみ
「あんまり深く考えなくていいわ。アドバイスは恵美ちゃんがしてくれるから。でしょ?」
所恵美
「バレた?さすがプロデューサーだね!」
中谷育
「わかった!それじゃあ、行ってくるね!」
馬場このみ
育ちゃんはそらちゃんの元へ行き二言三言話すと、衣装さんとメイクルームへ移動した。
所恵美
「……アタシはやれると思うよ、育なら。時間をかければトップモデルにだってなれる」
馬場このみ
「私、まだ何も言ってないわよ!?」
馬場このみ
壁に寄りかかりながら話す恵美ちゃんの言葉にぎょっとする。
所恵美
「この前は昴の番組に一緒に行ったんでしょ?何か考えてるぐらいアタシにだって分かるって」
所恵美
ペットボトルに刺したストローを指先で遊びながら恵美ちゃんは話を続けた。
所恵美
「育はスタイルもいいし、誰からも愛される性格をしてる。知名度もある。要素は充分だよ」
馬場このみ
「モデル業界の先端を行く恵美ちゃんにそう言ってもらえるなら安心ね」
所恵美
「あと、足りないとすれば……育らしさが欲しいかな」
馬場このみ
スタジオにそらちゃんの試し撮りの音が響く。
所恵美
「中谷育としての強いイメージが欲しい。読者に育みたいになりたいって思わせないと」
馬場このみ
真剣でまっすぐな恵美ちゃんの横顔をみて、一つため息をつく。
所恵美
「どしたの、プロデューサー?アタシ、変なこと言った?」
馬場このみ
「逆よ。……恵美ちゃん、引退したらプロデューサーやってもいいんじゃないかと思ったの」
所恵美
恵美ちゃんが驚いた顔をしてこちらを見たが、すぐに目を細めて歯を見せた。
所恵美
「面白いこと言うね。でも、そういうのはトップを獲ってから考えるよ」
馬場このみ
育ちゃんがメイク室から出てきた。恵美ちゃんが手をひらりと振ってそらちゃんの元へ向かう。
馬場このみ
「……やっぱりそこなのよねぇ」
馬場このみ
手帳を開き、今後の予定を確認しながら一人ぼそりと呟いた。
中谷育
室内にシャッター音が響く。育ちゃんが恵美ちゃん達の話を聞きながらポーズをとっている。
所恵美
スタッフの顔を見る限り、育ちゃんの撮影は好評のようだ。恵美ちゃんの見込みどおりである。
馬場このみ
ただ、この仕事を今後の軸にすべきかといえば……まだ、答えは出ないというのが正直なところだ。
馬場このみ
「もう少し、他の子とも仕事をさせてみないとね……。律子ちゃんにも相談してみようかしら」
馬場このみ
答えの出ない問いに悩む私の手が手帳にグルグルと黒い円を作り出す。
馬場このみ
行先の定まらない線が作った黒円に書かれた『方向性』の3文字。これが消える日は来るのだろか。
(台詞数: 50)