所恵美
まだ九時を回ったばかりだというのに、
所恵美
脳天から爪先まで全身を焼く、この暑さ。
所恵美
早くも首筋辺りはじっとりと、
所恵美
いや、最早滝の様な汗。
所恵美
その不快さを誤魔化す様に、
所恵美
見知った顔を確認すべく、金網の向こうを見やると、
所恵美
出番待ちの同級、応援に駆り出された後輩達、顧問のセンセーと談笑する………
所恵美
げ、よりによって一番見られたくない試合、一番見られたくないお方のご来場。
所恵美
こんなチンケな市民大会に、わざわざご苦労な事で……。
所恵美
アタシ含めてウチの部の出場は、この夏引退の三年生のみ。
所恵美
我が部恒例の引退記念出場。
所恵美
他所ではインター杯真っ盛りのこの時期に毎年恒例って、どうなんだろうね。
所恵美
要は地元の同好の士の集いみたいなモンなんだけど………。
所恵美
何なのさー!アタシの相手!!
所恵美
それこそインター杯に行っててもおかしくない様な奴が、こんなローカル大会に出て来んな!
所恵美
………まあ、最後の試合がそういうレベルの相手ってのも、悪くないか。
所恵美
勿論アタシだって、ハナから負けるつもりなんて無い。
所恵美
背中の汗の、じとり、とした感触。
所恵美
体温が上昇する感覚。
所恵美
肌から湯気が立つ気配。
所恵美
審判のコールが、空気を震わす。
所恵美
準備は良い?アタシの心臓。
所恵美
ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとコートへと歩を進める。
所恵美
ベースラインに立ち、グリップをするりと回して、馴染んだ握りを確かめ、
所恵美
ラケットのフレームで、トントン、と靴底を叩く。
所恵美
ハードコートじゃ靴裏の砂なんて気にする必要無いのに、
所恵美
これはアタシの儀式みたいなモンだから。
所恵美
ボールをひとつ取り出して、ネット向こうの相手を見ると、
所恵美
おや、ウォームアップの前から真剣な眼差しを、此方に向けている。
所恵美
アタシなんか相手に大層な事だけど、
所恵美
望むところだ。そう来なくちゃ。
所恵美
昂る熱は、 最早太陽のそれすら及ばない。
所恵美
ボールがアタシの左手を離れ、
所恵美
スパァン、と乾いた打球音が響き、
所恵美
遮る物無い青空に、
所恵美
高く、高く、突き抜けてゆく。
所恵美
始まる、私の、ラストゲーム。
(台詞数: 37)