高山紗代子
……実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
七尾百合子
なんですか? いきなり。
高山紗代子
うん、ふと窓を開けてみたくなってね。
七尾百合子
はい。
高山紗代子
窓を開けたのだよ。
七尾百合子
ええ。
高山紗代子
すると、心地よい秋の風が吹き込んできた。
七尾百合子
もう10月ですもんね。
高山紗代子
そう、10月だ。ところで百合子君、今月の我が校の行事は覚えているかい?
七尾百合子
10月は盛り沢山ですね。体育祭、文化祭、中間テストに秋の読書週間……。
高山紗代子
こうして指を折々数えているだけでも、胸が躍るような行事ばかりだね。
七尾百合子
中間テストは違うような……。
高山紗代子
勉強は嫌いかい?
七尾百合子
好きじゃないです。己の弱みを曝け出すのは誰だって良しとは思わない筈です。
高山紗代子
そういうときは逆に考えるものだよ。克服すべき点が明るみになった、とね。
七尾百合子
そんなポジティブになれません……。
高山紗代子
時には楽観的になるのは大事だよ? 慢性的に見える弱みも、自信によって打ち消されるものだ。
七尾百合子
自信……ですか。
高山紗代子
そう、自信だ。自信を持たねば頭も垂れてしまうのだよ?
七尾百合子
……?
高山紗代子
さて、そこでだ。百合子君、先ほど私が窓を開けた時に放った台詞を覚えているかね。
七尾百合子
「実るほど頭を垂れる稲穂かな。」ですか?
高山紗代子
よく覚えていたね。では、これの意味は?
七尾百合子
人格者ほど他人に対して謙虚である、です。
高山紗代子
そうだね。では、なぜ稲穂なのだろう?
七尾百合子
稲の実は熟すほど穂が垂れ下がります。
七尾百合子
人も、学や徳を深めれば次第に謙虚になるので──その様を稲穂に例えている、でしたっけ。
高山紗代子
うん、模範的な解答だね。国語のテストは安泰だろう。
七尾百合子
……それで、なぜ稲穂なんです? そこから田圃は見えない筈ですが。
高山紗代子
ふむ……。百合子君は、如月千早さんを知っているかい?
七尾百合子
それは勿論……校内きっての歌姫と名高い方ですから。それが何か?
高山紗代子
我が校のイベントは、余所からの評価が異様に高い。
七尾百合子
ああ、聞いた事があります。アイドル並みに可愛い子が多いからとか……クラスで話してました。
高山紗代子
先の如月千早さんも同じようなものだ。彼女は歌唱力もさることながら容姿も整っている。
七尾百合子
部長が手放しに褒めるなんて……相当凄い方なんですね。
高山紗代子
無論だ。文化祭では彼女目当てで訪れる芸能関係者も少なくないと聞くよ。
七尾百合子
え、文化祭に芸能関係者……?
高山紗代子
彼女の所属するコーラス部では、毎年彼女のソロステージが行われるのだよ。
七尾百合子
へ~! それは観てみたいですっ。
高山紗代子
こうなると、いよいよ学校側もメインディッシュには美味しくなってもらわなければ困るわけだ。
高山紗代子
そんな訳で彼女には学校側から、とある“特別措置”が図られていてね。
七尾百合子
特別措置?
高山紗代子
“アイドル様”は校内に沢山在れど、“歌姫様”はオンリーワンなのだよ。
高山紗代子
文化祭は体育祭よりも後だ。学校側からすれば、“歌姫様”には歌に専念してもらいたいだろう。
高山紗代子
体育祭が終わってしまえば、音楽室は吹奏楽部や軽音楽部とで取り合いになってしまうからね。
七尾百合子
なるほど。それで今から貸切状態というわけですね。
高山紗代子
そうだ。つまり彼女以外の殆どの生徒は、体育祭の練習の為に外に繰り出すことになる。
高山紗代子
私が窓を放って、最初に目に飛び込んできたのは、沈鬱そうに頭を垂れている彼女の姿だったよ。
高山紗代子
きっと、グラウンドでは体操着を着た稲穂が実り過ぎていたのだろうね。
(台詞数: 49)